朝を迎える小樽運河
午前3時、下船準備が告げられる。外を見ると遠くに積丹半島の明がりかすかに見え、とうとう興奮は最高潮に達する。午前4時定刻で薄暮の小樽港へ入港。車両甲板に出るとやはり半そででは少し肌寒い。荷物をパッキングする手もかなり力が入る。ハッチが開きひんやりとした風が車両甲板に吹き込むと鼓動はさらに高まる。
午前4時30分、二年越しの夢と大荷物を載せたコレダスクランブラー50は朝焼けの小樽の街に滑り込んだ。しばらく走るものの興奮と寝不足のせいか、頭がぼーっとしてきた。そこで気持ちを落ち着かせるため、フェリーターミナルビルにある温泉にむかうことにした。この浴場はビルの最上階にありガラス張りのそとは小樽港が一望できる。実際いってみると客は僕だけで貸しきり状態で朝日が昇る石狩湾をひとり眺めながら少し熱めの湯につかる。
気分もサッパリし、さあこれから長い旅の始まりだ。気を引き締めて再びバイクにまたがる。まずは国道5号線を一路東へ札幌に進める。実際走ってみると海沿いということもあってかかなり寒い。また、交通量も非常に多いわりに二車線しかなくダンプがすぐ横すれすれをぶっとばしてゆく。この大荷物では申し訳なさそうに路肩をゆるゆると走るしかない。やっと石狩湾ぞいの狭路区間を通過、札幌市へ入る。まずはベタに札幌の時計台をめざす。しかしいざ街の中へ入って行くと、一方通行が多くて非常に走りにくい。西へ東へうろうろしてようやく時計台に到着。が、これが実際見てみるとビルの谷間にチョコンとあるだけでぜんぜんたいした事もない。見物もそこそこにレンガ造りの旧道庁、テレビ塔などを足早にまわり、交通量が増える前にさっさと郊外へ出ることに。今度は、国道12号線を北へ旭川方面へ向かう。順調に岩見沢を過ぎたあたりで対向のライダーがピースサインを送ってきた。うわさには聞いていたが、いつからか北海道ではライダーどうしがすれ違いざまに合図(人によっていろいろな出し方がある)を送ることになっているらしい。あわてて手を上げて送り返す。
(左)札幌時計台(大したことね〜) (右)直線道路日本一のモニュメント
美唄市に入ると直線道路日本一(29.2キロメートル大阪〜神戸くらい)とゆういかにも北海道らしい区間に入る。雲一つない快晴の空の下、まっすぐ走る。しかし決して暑くはない。短い北海道のなつももう終わりなのだ。昼過ぎ、道の駅に入り、茨城からきたというライダーとしばし談笑する。こういうふうにライダーどうしがすぐ打ち解けられるのも北海道ならでは。彼は二週間の予定をおえ今日、苫小牧を発つそうで、あちこちの最新の情報を教えてくれた。そして昼飯を食って、道端の原っぱで北海道の大地の上に横になる。昨晩はほとんど寝れなかったので少しきぶんが悪い。先は長い、休み休みゆっくり行くことに。8月とは思えない涼しい風に干草のほのかな匂い、この上ない贅沢だ。一時間位寝ただろうか、気分もすっきりしたところで再びバイクにまたがり北へ。深川市に入ると今日の目的地である留萌をめざし西へ進路をとる。やがて山間区間に入ると動物注意の標識が現れこれもまた北海道ならではだ。峠を越えると急に向かい風がきつくなる。おそらく日本海を越えてやってきた大陸からの風だろうか。
くだり斜面が消えほのかな潮の香りが漂うとやがて日本海ぞいの港町、留萌市に到着する。街のあちこちにロシア語が書かれて異国情緒が漂うが、なにか物寂しい感じもする。漁港のオジサンに声をかけると水を得た魚のようにしゃべりまくってきた。彼いわくここ留萌は日本一夕日がきれいでとりあえず見ろとのこと。その他、けっこう何やら教えてくれた。おっさんに別れを告げ留萌から北へ10kmの「小平町望洋台キャンプ場」をめざす。ついてみると一張り600円でちと高い。しかし管理人が言うにはここの景色は600円じゃ安すぎるそうである。料金を払いサイトに行ってみるとそこは100m位の崖の上で180度日本海が見渡せ確かに絶景である。しかしかなり海風が強い。ともあれ北海道来て初めての寝床だ。テントを張るにも気合が入る。やがて夕暮れ時。買出しを済ませ、だれもいない砂浜へ降りて日本海に沈む夕日をしばらく眺めながら夕食のラーメンを作って食べる。最高の夕メシタイムである。気に入った場所があれば、原が減ったら好きなところで食べればいい。こんな旅ならではな時計なんて関係ない自由な毎日が今日から始まるのだ。日もとっぷり暮れて崖の上のテントに戻るとそこには満天の星空が広がっていた。寝袋をテントの外に出して星を眺めていると急に眠くなる。今日はよく走ったし、そもそも野宿では暗くなったら何もできない。午後8時過ぎ、就寝。
(左)留萌の「日本一」の夕日 (右)キャンプ場からの満天の夜空(天の川」も見える)
項目 | 品名 | 価格 |
入浴 | 小樽フェリーターミナル展望風呂 | 800円 |
朝飯 | おむすび 納豆巻 パン 水 |
514円 |
夕飯兼昼飯 | おにぎり サンド 袋めん |
653円 |
給油 | レギュラー4.1L | 410円 |
キャンプ | 小平町望洋台キャンプ場 | 600円 |
合計 | * | 円 |
朝目が覚めると海からの強風がテントを叩いていた。外に出ると昨日とは打って変わって今にも雨が落ちてきそうな空。気温もかなり低い。さて今日からの目的地はただ一つ、最北端の地宗谷岬だ。今日は北に向けて行ける所まで走ることに。
朝食のラーメンをかきこみ日本海ぞいを北へひた走る。大平、羽幌、初山別などの日本海に張り付いている集落を抜けてゆく。それにしても廃屋が多い。このどんよりとした天気もあいまって、異常な程の寂しさが漂う。北海道の日本海側は昔、鰊漁で非常に栄えていたそうだ。しかしやがて乱獲によってほとんど接岸しなくなってしまったらしい。広大で明るいイメージとされることの多い北海道だがまったく違った側面がここにはあった。心なしか行き交うライダーも少ない気がする。羽幌町を過ぎるとこんどはとうとう家さえ見当たらなくなってくる。
やがて天塩の町へ入りここから道道106号へ。この道道106号(通称イチマルロク。そのまんまだが)は二年前からすでに計画に組み入れていたスポットである。この道は日本最後の原野、サロベツ原野をまっすぐに稚内まで縦断していてまさにライダーたちの憧れの道なのだ。分岐点にある看板には誇らしげに「稚内への近道、ここまで来て北海道」と書いてあった。興奮を押さえながら踏みいる。天塩川を渡るとぱっと道路以外の人工物がぱっと消える。左には日本海、右にはどこまでも草原と森がつづいている。道には電柱もない。本当になにもないのである。何もない観光スポットなんぞ日本中をさがしてもここだけだろう。やがて北半球のド真ん中、北緯45度を通過し脇道にバイクを突っ込み海岸に降りてみる。鉛色の海が眼前に広がり広い砂浜が何処までも続く。後ろはただ無造作に草がおおい茂っているだけ。辺りを見回しても人間はおろか人工物さえ見当たらない。バイクを止めしばらく波打ち際で砂の上に転がっている流木に佇む。本当に何もない以外に何もない、ただ波と風の音が聞こえるだけ。ボケッーとしているとエゾ鹿がひょっこりと浜辺に出てきた。こんな所に鹿がと驚いたが、ということはヒグマがいてもおかしくないと考えると急におそろしくなってあわててバイクに戻り再び原野を北へ。
バイクを止め「無」とは何かを真剣にかんがえる管理人
もうこのときすでに寝袋はない。
そして原野も終わるころ記念写真を撮ろうとファインダー覗くと異変に気がついた。うしろに積んでいた寝袋と靴がなくなっているのだ。靴はけっこうしたやつだけどまあ仕方あるまい。この寒さの中では寝袋は絶対必要だ。あわてて来た道を戻る。しかも対向車線の路肩を注視しながらである。何も手がかりもないまま、さっき海岸に下りた所まで約30km戻ってはみる。しかしこれ以上いってもキリがないしあきらめて再び北へ。こんな俺に追い討ちをかけるかの様にまた一段と北風が冷たくなっていた。やがて右手に丘陵が迫るとサロベツ原野もさよなら。稚内市にはいるとまた急に北風が強くなる。持ってきた最強装備だがかなり寒い。たまらず時速25キロのスロー走行に。
やがて何も無いところに一際目立つ体育館のような巨大な温泉「童夢」に到着。ここで体を暖めてゆくことに。なんと湯舟が10個もあるでかさ。地元の人達の素朴な会話をとなりに聞きながらあったまる。そして日の暮れてしまわないうちに出発することに。
ノシャップ岬を越えると一気に視界が開け、海の向こうには宗谷岬が見える。そして岬の「樺太」という食堂に入る。ここはバイク本の北海道特集ではしばしば登場する人気店。入ってみると案の定客はすべてライダーだ。そのうち大阪から来たという人と久々の大阪弁トーク。しかしなんとこの店のおばちゃん、うにどん小盛り、中盛り、大盛りすべて同じ値段という大阪、いや、ここいがいでは考えられないビジネスセンスの持ち主で、さらに大盛りにはバンダナ、ステッカー、おばちゃんの名刺が付いてくるそうで、もちろん大盛りを注文。そして出て来たのは、でっかい丼の中に底のほうに少しめしがあるだけでその上には生うにが何重にも層を成していて、しかもその上にイクラとほたてが無造作に配置してあるというまさに鼻血が出そうなボリュームだ。いきなりがっつくとおばちゃんにオコラレる。どうもわさびじょうゆを掛ける決まりらしい。いわれるがままにして再び食う。飢えていたので味わう間もなく3000円は胃袋の中へ。食後、おばちゃんがなにやらコインを手渡して来た。店のすみっこに鎮座するスロットマシーンで当たればタダだそうだ。トライ。もちろんオオハズレ。
そして稚内市内へ急ぐ。毛布でも手に入れなければ今晩こごえ死ぬからだ。8月で凍死は避けたい。市内は本当にこぢんまりとしていてまさに最果ての様相である。そして市内をあきらめ郊外へでてみると一件ホームセンターがあった。いやここで感謝の意を込めてあえて宣伝させてもらおう。その名は「ベストホーム稚内店」だ。もうこっちではシーズンも終わりらしくふかふかのキャンピングマットがなんと980円で処分に出ていたのである。しかも更に驚いたことにコールマンのガソリンストーブのジェネレーターまであるのだ。ちょうど昨晩からストーブが詰まり気味だったのだ。この二点を購入し感無量で店をあとにする。そして白鳥で有名な大沼湖畔の「道立宗谷ふれあい公園キャンプ場」へ。しかし1500円もするらしいが電気、ガス、水道、コインランドリーもあるそうなのでここに決める。テントを張りまたラーメンをかっこむ。きょううに丼に3000円もかけたのでしばらくこの生活が続きそうだ。まだ8時だが寒くならない内に、腹がへらないうちにとさっさと寝る。
項目 | 品名 | 価格 |
昼飯 | じゃがあげ 夕張メロンソフトクリーム 水 |
550円 |
風呂 | 稚内市「童夢」 | 600 円 |
給油 | レギュラー 4.8L | 534 円 |
夕飯 | うに丼 | 3000円 |
緊急補充 | キャンピングマット ジェネレーター |
2980 円 |
キャンプ | 宗谷ふれあい公園キャンプ場 | 1000 円 |
合計 | * | 円 |
寒さで目が覚める。昨日より一段と冷え込みが激しい。冷たい北風のなか湯を沸かし今朝も朝食のラーメンをすする。
午前七時、キャンプ場を後にし再び海岸ぞいを北へ走る。海はかなり荒れ、その上を大陸からの強烈な北風が吹き付ける。その波の向こうには宗谷岬が見えている。それにしても寒い。またスロー走行で背中を丸めて震えながらハンドルにしがみつく。風も強烈で油断していると反対側の車線に押し出されそうだ。でも宗谷岬は少しずつ着実に眼前に近づいて来る。岬の先端にやがてにあの例の三角錐が見えてきた。とりあえず北へと三日目、ようやくどんずまりの日本最北端の地だ。駐車場にバイクを止め、例の碑へ。
まだ8時過ぎだというのに団体やライダー達でごった返している。まあ仕方ないかと思いつつ写真だけとって、あっさりとその場を去ることに。付近には「最北端のガソリンスタンド」とか「最北端の郵便局」など最北端という字がやたらと目立つ。そのうちの最北端の宗谷岬郵便局で記念に一万円を引き出すものの利用明細には郵便局名はコードでしか表示されていない。少々がっかりだ。
(左)「あの」記念碑(右)日本最北端の郵便局
さあここからは一転して南への旅が始まる。国道238号線網走まで330kmの表示、改めて北海道の巨大さを思い知らされる。左手の海はオホーツク海と名を変え、一面が草原に覆われているなだらかな宗谷丘陵をアップダウンしながらひた走る。このあたりは見所はおろかガソリンスタンドもないので燃料に注意しての走行が続く。しかも天候は一向に回復せずこんどは東からの風が強くなってきた。昨日より寒い。最終手段のカッパを羽織って走る。猿払、浜頓別と単調な道が続きやがて毛がにの水揚げ日本一の枝幸へ。ここで食堂に入り昼メシとする。ホタテ、カニなどの海の幸がふんだんに入った「海丼」がおすすめらしくそれをいただく。
食後、漁港の堤防に腰を下ろしているとじいさんが軽トラから降りるなりこっちへ向かってきた。いきなり「いいバイトあるぞ」とニヤニヤしながら話し掛けてきた。もうこの時点で怪しさ満点なのだ続きを聞いてみるとどうやら、要約すると今から密漁に行くから手伝ってくれ。もちろん礼は弾む。もし捕まっても罰金はこっちが全額持つ、とのこと。こんなところでジエンドとはなりたくないのでもちろん丁重にことわらさせてもらった。後で聞いた話だがここ北海道ではほたて、うに、さけなどの密漁が横行していてほとんど野放し状態だそうである。
雄武を過ぎそして興部という町でとうとう力尽きる。今日はここで寝ることにする。途中浜沌別であったライダーからこの町にある「列車ホテル」がおすすめときいていたので早速そこに向かうと公園の中に列車が二両鎮座していてその中は一面畳敷きになっている。しかも無料である。早速受け付けに名前を記入しに行くと前の欄に「大阪市浪速区」というおなじみの住所が。早速声をかけると彼は会社員で少ない休みを利用して大急ぎで北海道を回ってきたらしい。しかも自分とは反対周りで、おたがいこれから先の情報を交換する。そしてしばらくジモトークで盛り上がる。そして部屋に戻るともうライダーで一杯になっていた。すぐにみんな打ち解けて思い思いにだべりまくる。これも北海道ツーリングならではだ。
そしてその時俺の横にいたのが入船という男だ。8月のはじめ、北九州の自宅から自走してやってきたという大学生だ。コイツが後々俺の北海道ツーリングに大きな影響を及ぼすとはその時は知る由もなかった。そして午後11時ころ、いつもよりかなり遅く床に着く。まさか畳の上で寝られるとは。少し感動する。
興部町の皆さんの御好意で運営される列車ホテル
項目 | 品名 | 価格 |
昼飯 | 海どん | 1500円 |
生命維持 | 水 | 120円 |
晩飯 | カツカレー 惣菜 水 発泡酒 |
698円 |
合計 | * | 円 |
Y.K