法話14

「心に響くことば」

目覚まし時計を見る。蛍光塗料が塗られた文字が「314」と光っている。昨日は「313」に日が覚めた。最初は、何が起きているのかわからなかった。時間は二週間ほど遡る。
当地では、お盆に檀家さんのお宅へお参りする。お盆は一カ月間ほどかかるので、なかなかの荒行である。終わる頃には、正直ポッとする。大袈裟なようだが、特にお盆参りは暑くて厳しい。
長期間にわたるお参りが終了する最終日。疲れ切った私を迎えてくれるのは、母が作ったカレーフイスだ。私の好物である。
その年二週間ほどのお参りが終わり、八時頃に寺に戻った。玄関に入った途端、カレーライスの香りがした。炊飯器をあけて、湯気を立てているご飯を皿にこんもりよそう。鍋の蓋を開けてカレーをかける。その時、少しおかしいなと思ったが、食卓にっいて理由がわかった。焦げているのだ。黒い塊が幾つも浮かんでいる。試しに口に入れてみたがひどく苦い。疲れもあって、
「母ちゃん、カレーが焦げてる。こんなん食べれん一
と思わず声を荒げてしまった。カレーがかかっていないご飯を漬物で食べて寝た。瞬く間に眠りに落ちた。
「お兄ちゃん、お腹すいてない」
ドキっとして目が覚めた。ふすまを細く開けて母が立っていて、廊下の明かりが寝室に差し込んでいた。
「母ちゃん、眠たいんじゃ。ええかげんにして」
と再び私は大きな声をあげた。時計を見ると「313」だった。それから二週間ほど後、京都にいた私に、妹から「母ちゃんがアルツハイマー」というメールが届いた。大きなショックを受けたのを記憶している。
それから数日間、三時過ぎに目が覚め続けた。最初は、なぜ三時過ぎに目が覚めるのかわからなかったが、やがて自分の気持ちが理解できた。あの日の「313」に戻って、母親にお詫びとお礼を言いたいのだと。
「大丈夫よ、お母ちゃん。大きな声を出してごめん。カレー、ありがとね」と。
その頃から、私の口から「南無阿弥陀仏」が、よく出るようになったように思う。
怒りや妬みが私の心から無くなりはしない。悪い心が常にある。しかし、そこに仏さまがはたらいてくださる。心の裂け目から怒りが飛びだそうとすると、仏さまが代わりに出てくださる。世間の目を気にして乱暴な言葉を吐かないのではない。良い人になるわけでもない。仏さまが現れてくださるのだ。裂け目から出てくださるので、何とか頑張れている、そんな毎日を送っている。
お念仏が大好きだった母が、仏となって私を導いてくださっている。ありがたいことだ。そう書いたら、またお念仏がこぼれた。