法話1

「やさしい法話4」


人間の一生は長いようで短い。うかうかしていると、アッという間に終わってしまう。
善導大師は、人間はあわただしく走りまわって日を送り、この世のいのちが、一日一夜去っていくことを自覚していない、と強くいましめられている。人生は無常であると知ることがなかったら、もっとも大切な人生の教えである仏法はいつまでも求められないであろう。
俳聖芭蕉は、その生涯の終わりに「平生すなわち辞世なり」ということばをのこした。平生すなわち一日一日が生涯のすべてであるといっているのである。この心構えが、数多くの秀句を生み出したといえよう。
どの一句にも芭蕉の全生命が傾けつくされていたのである。
明日があると考えると、今日一日がおろそかになる。人間は怠け心がつよく、大事なことを先送りしてしまうからである。「いそげ、いそげ」とわが手で自分を鞭うって、自己をいましめなかったら、仏法のことはとうてい聞けないであろう。
私たちのまわりには、あまりにも現実的な楽しみがあふれすぎている。
人間の欲望はふくれあがり、とどまるところを知らない。もしこのような欲望のみを追い求めているとしたら、欲望の奴隷になってしまうであろう
いや、現にそうなってしまっている。そのために人間であることを見失っている。
仏法こそもっとも大切な人生の宝である。この宝を求め、一人ひとりが自分のものにすることがなかったら、人間の大切な心をとりもどすことはできないであろう。
「人生には明日はない、いそけいそげ」と呼びかけられるところに、仏法を人生の最大事と教えられる尊い姿がある。仏法にはうかうかしているひまはないのである。