幸せの在処

『幸せの在処』



3人での夕食。
今日は雪を含めての夕食だった。

そして夕食を食べたあとのこと。
雪と俺がゆっくりくつろいでいると真奈が突拍子もないことを言いだした。

「幸せってなんだろうね?」

それが真奈の質問だった。

「どこにあるのかな?」

俺達と同じように椅子に座ると、俺の顔を見て尋ねてきた。

「そりゃぁ、近くにある」

俺はそう答える。
すると真奈は『ふーん』と返事をしたあと、少し考え込む。

「幸せってのは、すぐ側にあるんだ」

「側に?」

「ああ、真奈のすぐ側にある」

そう、幸せはいつも側にある。
肝心なのはそれに気づいているかどうか。
それが大切なんだ。

「うーん、わかるような……わからないような」

そう言って真奈はテーブルに肘をついて、手の上に顎をのせる。

「俺は気づいた、本当の幸せってやつをな」

俺はいつの間にか眠っていた雪の頭を優しく撫でる。
その寝顔を見ていると、俺は幸せなんだと感じる。

「そっか、おにいちゃんと雪音さんが私にとって幸せなんだね」

「ん? そうか? それが真奈の見つけた答えならそうだ」

自分で見つけた答えが真実。
自分で気づかなければ本当の幸せは掴めない。

「だってね、2人といると凄く楽しいんだもん」

「ははは、雪が聞いたら喜ぶな」

「私にとって、おにいちゃんも雪音さんもとっても大切な存在だからね」

真奈も大きくなったな。
俺がしてやれることは何一つない。
真奈は立派になった。
小さかった頃の面影は完全になくなったような気がする。
今では俺が真奈に助けられている。
だけど、悪い気はしない。
なんだかそんなのもいいなと思う。

「本当、真奈は立派になったな」

「おにいちゃん?」

「今では俺が助けられているなんて、少し情けないような気がする」

「なに言ってるんだよっ! 私とおにいちゃんは兄妹でしょう?」

真奈が呆れたように言う。
だが、その顔はとても優しさに満ちていた。

「今まで助けてもらったから、今度は私が助ける番だもん」

「なんだそれ?」

「憶えているよ、私が小さい頃はおにいちゃんがいつも側にいてくれた」

「………」

「そして、いつも助けてくれた」

真奈の瞳が少し潤む。
その顔からは涙が零れてしまいそうに見えた。

「だから次は私がおにいちゃんを助けるの」

「………」

「おにいちゃんが大好きだから」

妹に好きだと言われて嫌な兄はいない。
俺は兄らしいことをしてきた記憶はない。
真奈のためと思ってしてきた事はある。
兄として当たり前のこと。
それをしてきたに過ぎないんだ。

「ありがとよ、俺だって真奈が好きだぞ」

「うん」

「ちなみに“妹”として好きなだけだからな」

「……私は違うよ」

「へ?」

真奈がずいっとテーブル越しに身を乗り出してくる。

「私はおにいちゃんが好きなの」

「お、おう」

「ひとりの男性として好きなの」

「なぬ!?」

いつもの冗談か。
それにしてもタチの悪い冗談だな。
雪が聞いたら誤解してしまいそうだ。
――って、するわけないか。

「冗談はそれぐらいにしてくれ」

「冗談じゃないの、本当のことなの」

そう言って真奈はテーブルの上に登って近づいてくる。
そして俺の目の前に来ると、真剣な眼差しで俺を見つめる。

「真奈?」

「私は本気だよ」

おいおい、冗談だろう?

「いや、俺には雪がいるし…」

「それでもいいのっ、私をおにいちゃんのものにして」

「だ、だが…」

いくらなんでも、そりゃヤバイってば。
真奈は俺の妹であって、それ以上でもそれ以外でもない。

「お前は俺の妹だし…」

「そんなの関係ないっ! 妹じゃダメなの?」

「だ、ダメだ……と思う」

うん、ダメだ。
俺には雪という最愛の人がいるわけだし、二股はかけられない。
男としてそれだけはできないのだー!

「いくら真奈の頼みでもそれだけはダメだっ!」

「………」

「俺には雪がいるからダメなんだ! 雪以外の人は好きにはなれない」

「………」

真奈が黙る。
これだけ言ったらわかってもらえただろうか?

「でもな、妹としては好きだから」

「……はぁ、おにいちゃんって騙されやすいよねぇ」

「なぬ?」

「ふぅ、隣の雪音さんを見てみなよ」

俺は真奈の言われたとおりに雪を見る。
するとそこには火を噴きそうなほど真っ赤になった雪の顔があった。

「雪、どうした!? 熱でもあるのか?」

「こ、浩ちゃん……大きな声で恥ずかしいことを言わないで」

「え? なにが?」

――は!
俺は気づいた、気づいてしまった。
真奈にやられた。
“また”やられてしまった。

「ヒュ〜ヒュ〜! お二人さん熱いねぇ〜」

「ば、お前が言うんじゃないっ!」

まったく、真奈の冗談は度が過ぎている。
毎回騙される俺も悪いのだが。
なによりも雪があまりにも可哀想だ。
あんなに赤くなって、さぞかし恥ずかしいだろう。
でも、その原因は俺が言った言葉なのだが・・・

「えーと、雪」

「な、なぁに?」

「そのだな、俺は雪が好きなわけで……それは言わなくてもわかっているよな?」

「うん、私も浩ちゃんが大好きだよ」

だー!
そこでそんなことを言うんじゃないっ!
それこそ真奈の思う壺だ。

「んふふ、夫婦円満ですなぁ〜」

真奈が戯けたように言う。
もう、好きにしてくれ・・・
俺は疲れた。

「これが幸せなんだよ」

「ん?」

真奈の突然の言葉に俺は顔を向ける。
俺の目に映った真奈はとても嬉しそうに微笑んでいる。

「私にとっての幸せ」

「………」

「おにいちゃんや雪音さんと騒いだり、バカみたいな会話をすること」

そう言う真奈の頬に一筋の涙が流れる。

「それが幸せなんだね」

「…まな」

「さーて、片付けの続きをやろ〜っと」

真奈は席を立って、そそくさとこの場を去っていった。
真奈なりに気恥ずかしいんだろう。

「雪」

「うん?」

「俺は幸せだよ。立派な妹がいて、最愛の人がいて」

「浩ちゃん……うん、私もそうだよ」

俺や雪もそうだ。
真奈がいてくれるから楽しくいられる。
3人一緒だから楽しく過ごせる。

そう、幸せはいつも側にある。
俺達3人の側にある

ずっとずっと前から・・・



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