エピローグ 秋の夕日
エピローグ
『秋の夕日』
秋の夕暮れ。
その日差しを背にして2人はいる。
いつもの公園のいつものベンチ。
「なぁ、雪」
「ん? なあに?」
「雪は――よかったのか?」
浩ちゃんが唐突にそんなことを尋ねてきた。
何が言いたいのかはわかる。
浩ちゃんのことだからきっと・・・
「…うん」
「そうか」
それっきり浩ちゃんも私も黙ってしまう。
別に気まずいわけではなく、なんとなく・・・
「………」
私はする事もないので、ジ〜と下を眺める。
すると・・・
あっ・・・。
浩ちゃんからもらった指輪が目に入った。
私は左手にある指輪を微笑みながら見つめる。
浩ちゃんからのプレゼント♪
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
嬉しい気持ちが心に溢れてくる。
ぐっ
なんの前ぶれもなく、私は浩ちゃんの方に引き寄せられる。
「……雪」
「…うん」
私は浩ちゃんに自分の体をあずける。
浩ちゃんなら私を受け止めてくれるから・・・
「文化祭――残念だったな」
「そんなこと……ないよ」
そんなことない。
私は浩ちゃんの側にいられたから。
それだけで十分だから。
「俺はともかく、雪は…」
「ううん。だって…」
だって――ね。
私には浩ちゃんがいないとなにも意味がないから。
賑やかな祭りだって
綺麗な花火だって
楽しい文化祭だって
寒い中での雪合戦だって
みんなみーんな、浩ちゃんがいるから楽しいんだよ。
「だって……なんだ?」
「えへへっ、なんでもな〜い」
「…なんだそれ?」
ふぁさぁぁぁぁ〜
夕方の風。
公園に秋風が吹き、紅葉がダンスをするように舞う。
「ずっと――側にいさせて」
「雪?」
「私、努力するから…」
必要とされたいから。
浩ちゃんの側にいたいから。
「ふぅ、雪は今のままでいいよ」
「え? わ、私は必要ないの?」
「違う違う! そういう意味じゃない――うまく言えないけど俺は今の雪で十分だ」
「だって……それじゃぁ……」
浩ちゃんの役に立ってないよ。
私はただのお荷物だよ。
いつも迷惑かけて、助けられて・・・
「えっとだな、雪は今のままで十分なわけで……あー、それはさっき言ったか」
「………くす」
「わ、笑わないでくれ」
「あはは」
わかってるよ。
浩ちゃんの言いたいこと――私にはわかるよ。
「浩ちゃんっ♪」
ぎゅうぅ〜
私は思いっきり浩ちゃんに抱きつく。
「お、おい…」
浩ちゃんの言いたいことはわかってるんだけど。
でも・・・でもね。
浩ちゃんの口から聞きたいな。
私に言ってほしいな。
「はじめに言っておくが、雪のせいじゃないからな」
「……?」
そう言って浩ちゃんは語りだした。
「俺は見ての通り、五体満足じゃない」
「…ごめん」
「だから、雪のせいじゃないって」
浩ちゃんはポンポンと私の頭を撫でる。
「そんな俺が今までのように人目を気にせず外に出られるのは…」
浩ちゃんはそこまで言って言葉をくぎる。
「雪っ!」
ぎゅむっ
そして私は痛いくらい抱きしめられる。
「全部お前のおかげだっ」
「………く、苦しい」
「雪が俺の側にいてくれるから…」
こ、浩ちゃんの気持ちは嬉しいけど・・・
苦しいよ〜。
「だから、だからそんなことは言わないでくれっ」
「………」
「雪は十分役に立っている! 俺には“雪”という支えが必要なんだ」
「……苦しいよ〜」
「あっ! すまない」
浩ちゃんの手から力が抜ける。
ふぃ〜、これで少しは楽になった。
「雪が何処かに行ってしまいそうな気がして……つい」
「それは私の方だよ」
浩ちゃんが私を必要としなくなったら・・・
私は側にいられない。
浩ちゃんが遠くに行ってしまう。
私の元から永遠と・・・
「浩ちゃんに必要とされなかったら側にいられない」
「……雪」
「……ぐすっ」
「え? あ、おい……泣かないでくれ」
「うう……ぐす」
「ああー、俺が悪かったから」
「うっぐ……うう」
「雪、頼むから泣かないでくれ」
「ぐす………なーんてね」
「へっ??」
くすっ、浩ちゃんったら慌てちゃって。
浩ちゃんは優しいから心配してくれるんだよね。
「う、嘘泣きか?」
「えへへ――うん」
「はぁ、勘弁してくれ」
「やーだよ」
だって、浩ちゃんは言ってくれた。
こう言ってくれたよね?
「『雪を一番愛してるのは俺だけだ』って言ってくれたよね?」
「ば、誰がそんな恥ずかしいことを言うかっ」
「浩ちゃんが熱を出して倒れたときに言ってくれたんだよ?」
「お、俺は知らんぞっ」
「…くす」
本当は憶えているんだよね?
浩ちゃんは恥ずかしがり屋だから・・・
「まったく、文化祭のときといい……俺を困らせるな」
「あ、あれは…」
いくら浩ちゃんの頼みでも無理だよ。
浩ちゃんを放っておくなんて私にはできない。
「浩ちゃんを放っておいて、私だけ楽しむなんてできないよ」
「俺は――雪が楽しみにしていたから、お前だけでも行ってこいって言ったんだ」
「無理だよ」
「なぜ?」
「浩ちゃんのいない文化祭なんて…」
ひとりの文化祭なんて楽しくないよ。
「そうか」
「それに、もとはといえば私が悪いんだから」
「それは違うぞっ、雪」
「え?」
「雪を守るのは俺の努めだからな」
「くすっ……カッコつけちゃって」
浩ちゃんは格好いいよ。
私には誰よりもそう見えるよ。
浩ちゃんの強さ
浩ちゃんの優しさ
浩ちゃんの弱さ
全てを含んで浩ちゃんは一番なんだよ。
強さを持って、弱さもある。
それが人間なんだよ。
それが浩ちゃんのいいところなんだよ。
「私って弱いよね」
「まぁな。だから俺は守ろうと思うんだ」
「………」
「なによりも大切な雪を…」
強いだけの人間なんていないんだよ。
強いのも人だけど、弱いのも人。
弱さはときとして他人を惹きつける。
私は・・・浩ちゃんを惹きつけちゃったのかな?
そうだとしたら――いいね。
自分が嫌っていた弱さが自分に幸福をもたらしてくれる。
不謹慎かもしれないけど――いいよね。
弱いのも私だけど・・・強いのも私。
浩ちゃんのためなら強くなれる。
浩ちゃんのためなら無茶もする。
たとえ浩ちゃんがダメだと言っても無視する。
どんなになっても浩ちゃんの役に立つ。
そう、心に決める。
お互いを支え合っていけば頑張れる。
いつも強いけど、ときとして弱くなる浩ちゃん。
いつも弱いけど、浩ちゃんのためなら強くなれる私。
2人なら大丈夫。
きっとこれからも助け合っていける。
ぜったい・・・
秋の夕暮れ。
2人に注ぐ夕日の光。
綺麗なオレンジ色に彩る世界。
そんな別世界の中で抱き合う2人。
その中でひとつの輝きがある。
それは少女の左手にはめられた指輪。
その指輪が夕日を反射する。
その輝きは2人の絆。
これからも輝き続けるかのように光を放つ。
色褪せることなく――永遠に。
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