それぞれの2月14日
〜 しあわせのかけら 〜
「あの……ご主人さま」
「ん? どうしたニィナ?」
「こ、これ…」
ニィナは恥ずかしそうに主人に渡す。
「これは?」
「今日は2月14日にゃ。だから…」
「そうか、ありがとう」
主人はニッコリと微笑む。
そして、ニィナの頭を優しく撫でた。
「にゃんっ☆」
ニィナは頬を赤く染めながら喜ぶ。
(ダッダッダッダ)
その時、主人とニィナの元にある人物が走ってきた。
「ご、ご主人様〜〜」
「ど、どうしたセティ?」
その人物はセティだった。
「はぁ、はぁ……はいっ、私からもチョコ」
セティは綺麗に包まれたチョコを主人に差し出す。
「あ、ありがとう……嬉しいよ」
主人はセティの頭を撫でる。
「えへへ☆」
「……あ」
「にゃ?」
ニィナとセティは目があった。
「ニィナさん……あなたには負けないよっ」
「わ、私も負けないにゃっ」
2人の間に火花が散る。
「2人とも、いい加減に仲良くしてくれ」
「え? わ、私たちは仲良しですよね? ねぇーニィナさん」
「にゃ、そうにゃ。セティとニィナは仲良しにゃ」
「………(そんなに殺気立って、どこが仲良しなんだ?)」
主人は心の中で呟いた。
「……(今日はご主人様が言うから引き下がっているけど、絶対負けないよっ!!)」
「……(それはこっちのセリフにゃっ! ご主人さまはニィナのことを一番愛してるにゃっ!)」
「……(それは私のセリフよっ! ご主人様は私を何よりも世界で一番愛しているんだからっ!)」
「……(にゃにゃにゃっ! ご主人さまはニィナを宇宙で一番愛してるにゃっ!!)」
「……(な、なにをー!? 私は…)」
こんなやりとりが火花を散らせながら行われていた。
2人は声を出していないから主人が気づいていないと思い、バトルはヒートアップする。
しかし、そんな2人を主人はわかっていた。
いや、わかりすぎていた・・・。
「ここまで、殺気立ってれば……な」
主人のぼやきも2人の耳には入ってない。
「ふぅ、何とかならないものか…」
主人はひとり、ため息をつくのだった。
〜 伝えきれなかった思い 〜
「村上〜、帰ろうぜ」
「ああ、構わないが…」
政広はいつもの沢田と違うことに気づく。
「今日はやけに元気だな」
「わかるか? だって今日はバレンタインだぜ? バレンタイン」
「そうだな、それがそんなに嬉しいのか?」
政広はわからないといった顔する。
「嬉しいに決まっているだろ? なんだ、確実にもらえるヤツの余裕か?」
「な、なんのことだよ」
「いいよなぁ〜、おまえは確実に“2つ”はもらえるんだもんなぁ〜」
「………」
「黙っているということは、肯定と受け取るぞ?」
「…勝手にしてくれ」
政広はひとりで教室を出ようとする。
「ま、まってくれよ〜」
その背中を沢田が追いかけた。
「あっ、お兄ちゃ〜〜ん」
「…先輩」
校門のところで美夜と琴美が待っていた。
「美夜ちゃんに琴美ちゃん、いつ見ても可愛いねぇ」
沢田がオヤジのように言う。
「……琴美に手をだしたら承知しないぞ?」
「わかってるよ〜、お兄さん」
「お前に“お兄さん”と呼ばれる筋合いはない」
「将来はあるかもよ〜」
沢田が冗談めかして言う。
「あったら……な」
政広も沢田の冗談にあわせた。
「先輩……はい」
美夜はスッと袋を政広に差し出す。
「これは?」
チョコにしては大きすぎると思い、政広は問いかける。
「チョコと……その……マフラーです」
「そうか、ありがとう」
「い、いえ…」
「今、つけてもいいか?」
「は、はい」
(がさごそ)
政広は袋からマフラーを取り出す。
「これは…」
「す、すみません。はじめてなのでうまくできなくて…」
「そんなことない。暖かそうだな」
政広は自分の首にマフラーを巻く。
「うん。見た目通り暖かい」
「あ、はい!」
美夜の顔がパッと明るくなった。
「美夜ちゃん、俺には?」
沢田が唐突に言う。
「え? あの、その……すみません」
「そ、そうか……がっくし」
わざとらしく落ち込む。
「はい。沢田さん」
そんな沢田を見た琴美はチョコを差し出した。
「あ、ありがとう〜! 琴美ちゃん」
「“義理”だけどね」
「は、はは、わかってるよ。それでも嬉しいよ」
沢田の顔はうれしさ半分、悲しさ半分といった感じだ。
「でも、義理チョコは沢田さんだけだからね。他には誰にもあげてないよ」
「そ、それは感激だなぁ」
「あはは、大げさだよ」
「…ってことは、後は本命だけかい?」
「うん。今回用意したチョコは本命一個と義理一個。どちらも手作りだよ」
「手作り…」
その言葉を聞いて、沢田はもの凄く嬉しそうな顔する。
「義理チョコでも手作りなんて……嬉しすぎる〜〜」
「そんなに喜んでくれるなら、失敗したのを捨てなくてよかった思うよ」
「は、はは。そういうオチね」
こんどは本気で落ち込む沢田だった。
「お兄ちゃん☆」
「ん?」
「はい、これ」
琴美はチョコを差し出す。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。あれ? それは?」
琴美が政広の首に巻いてあるマフラーに気づく。
「これは美夜からもらったんだ」
「へぇ〜、美夜ちゃん……お兄ちゃんの中ではポイントが大幅にアップだね」
「な、なにを…」
「えっ? そ、それって?」
美夜が驚いたように声を上げる。
「お兄ちゃんって、こういう素朴な物に弱いんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「うんっ。だから美夜ちゃんもお兄ちゃんに迫るときは、着飾るよりも普段着の方がいいよ」
「迫るって……ぽ」
美夜の顔が赤く染まる。
「琴美っ、何を言うんだ」
「慌てない慌てない」
「ったく」
「…でもね」
琴美は一つ呼吸をおいて言った。
「私、美夜ちゃんには負けないよ」
「え? 琴美ちゃん?」
「たとえ美夜ちゃんでも、お兄ちゃんは譲れないよ」
「………」
「負けないんだからっ」
「わ、私も……負けません」
女同士の戦いが始まろうとしていた。
「モテモテだねぇ〜」
「うるせぇー」
「はっはっはっは」
こんな状態でも沢田はいつも通りだった。
「さーて、もう一つ、私からのプレゼント〜」
琴美が叫ぶ。
「それはなんと! 私自身で〜す」
「はぁ!? 琴美、何を言ってるんだ?」
政広は間抜けな顔をする。
「だ・か・ら〜、私をお兄ちゃんにあ・げ・る☆」
「おっ! こいつはすごい攻撃だねぇ〜、どうする美夜ちゃん?」
沢田だけはいつも通りの反応だ。
「わ、私も……先輩っ!」
「な、なんだ?」
「わわわ、私を……も、もらって……ください」
美夜は真っ赤になりながらも言う。
「美夜まで何を言い出すんだ?」
「お兄ちゃん、私は本気よ」
「先輩っ、私も本気です」
2人の気迫に押される政広。
そして・・・
「じゃ、じゃあな!」
この場を逃げ出した。
「お兄ちゃ〜〜ん」
「せんぱ〜〜〜い」
政広を追いかける2人。
「青春っていいもんだねぇ〜〜」
沢田勇介。
政広はどんな状況になっても、こいつだけはいつもと変わらなかった。
「ちっと、寂しいかも……」
それが本音のようだ。
〜 無限の住人 〜
青年と少女。
2人はいつもの橋にいる。
「今日は2月14日だね」
少女が言った。
「…そうだな」
青年は冷静に答える。
「えっと、その、はい」
「…?」
少女がチョコを差し出すが、青年は受け取らない。
「……なんだ?」
「チョコ……だよ。2月14日だから」
少女が説明する。
「なぜ、2月14日はチョコをもらわなければいけないんだ?」
「へ? ほ、本気で言ってるの?」
「ああ」
青年は全く知らないといった顔をする。
「バレンタインだよ、バレンタイン」
「バレンタイン? なんだそれ」
「………」
少女は言葉を失った。
まさか、バレンタインを知らない現代人がいたとは・・・。
正にそんな心境だ。
「ほんとーーに知らないの?」
「ああ、まったく」
「そうかぁ……!?」
少女は閃いた。
「(ウソをついてからかっちゃおう)」
「…バレンタインってなんだ?」
青年が尋ねる。
「バレンタインっていうのはね、もらった男の子はくれた女の子と結婚しなくちゃいけないんだよ」
「………」
青年はチョコを持ったまま固まった。
「(ふふふっ、困ってる困ってる)」
少女の悪巧みは成功した。
「幸せになろうね☆」
少女は追い打ちをかける。
「………」
しばしの沈黙。
「……俺なんかでいいのか?」
「えっ?」
少女が予想していなかった答えが返ってきた。
「俺なんかでいいのか?」
「え、あの……(ま、まさか……本気にしちゃったの? うそ〜〜)」
「………」
青年が真剣な眼差しで少女を見る。
「そ、その……(そんなに見つめないでぇ〜〜はずかしいよぉ〜〜)」
「本気……なのか?」
青年は真剣な顔で言う。
「わ、私……(そ、そんな真剣な顔で言われると、それもいいかなぁ〜って思うじゃないっ!)」
「………」
「えっと……(だって、だって、私は……)」
「………」
「ご、ごめん! ウソ、ウソなんだ」
「…嘘?」
青年は不思議そうな顔をする。
「ははは、全部ウソなんだ。結婚なんてウソウソ」
「……そうか」
青年はどことなく残念そうだった。
「残念……だった?」
そんな青年を見かねてか、少女が尋ねる。
「………」
青年は何も言わない。
「ウソついて……ごめん」
「…いや」
「バレンタインっていうのはね…」
「…?」
「女の子が好きな男の子にチョコをあげる日なんだよ」
「………」
それを聞いて青年は少女を見る。
「あ、あの、だから……そういうこと」
恥ずかしいのか少女は俯く。
「きみのこと、好きだから……それは本当だから」
「……ありがとう」
めずらしく青年から感謝の言葉がこぼれた。
「う、うんっ!」
それを聞いた少女は、元気いっぱいに返事をした。
「あと、これは私からのプレゼントだよ」
「…?」
「ちょっと屈んでくれるかな」
「…これくらいか?」
青年が少し屈む。
「私の顔と同じくらいの高さに合わせてくれる?」
「…これでいいか?」
青年は少女と目が合うぐらいの位置まで屈む。
「うん。じゃぁ…はい」
(チュッ)
「…!?」
それは一瞬の出来事だった。
青年の唇に少女の唇が重なった。
「私の……気持ちだよ」
「………」
「な、何か言ってよ〜〜! ものすごく恥ずかしいんだからぁ〜」
少女は手で自分の顔を覆う。
「………」
それでも青年は黙ったままだ。
「ね、ねぇ?」
「…あ、ああ」
青年は気の抜けた返事をする。
「ファーストキス……だよ」
「?」
「私、キス…はじめてだよ」
「そう…か」
やはり青年の返事は気が抜けていた。
「………」
「俺もはじめてだ」
唐突に青年が言った。
「え? ウソ?」
「…本当だ」
「そ、そっか。えへへ」
青年の答えに少女は嬉しそうにする。
「…何が嬉しいんだ?」
「えへへ。だって、きみのファーストキスの相手になれたんだよ?」
「…それが?」
「それがって……きみは嬉しくないの? 私のファーストキスの相手だよ?」
「…よくわからない」
「…そう」
「だけど、何故か心が暖かくなってきたような気がする」
「…それって」
「なんなんだろうな…これは」
青年は不思議そうな顔で言う。
「それは…(もしかして、恋? 私に?)」
「お前が側にると……ここら辺が暖かくなる」
青年は自分の胸のあたりに手をおく。
「………(間違いない。この人は恋をしている。それも私に…)」
少女は確信した。
青年が自分に恋をしていることを。
「私も同じだよ」
「…同じ?」
「私も……あなたが好きだから」
「…? 言っている意味がわからない」
青年には少女の言っている意味が理解できないらしい。
「えへっ、残念だけど、きみは私のことが好きなんだよ」
少女は悪戯っぽく言う。
「俺がお前を?」
「そうだよ」
「…そうか」
青年は納得したような、しないような曖昧な返事をする。
「相思相愛だね」
「そう…なのか?」
「うん。残念?」
「いや、お前なら…いい」
「えっ? あの…」
少女が冗談で言っていると、真面目に返ってきた。
その事実に少女は驚く。
「じょ、冗談だよね?」
「いや、いたって真面目だが」
「ほ、ほんと? 私でいいの?」
「それは俺のセリフだが…」
青年が困惑する。
それは青年が言うセリフだった。
「意外な展開になっちゃったね」
「…ああ」
「私みたいなお子さまな女の子でもいいの?」
上目遣いで少女が尋ねる。
「ああ」
「ロリコン?」
「…違う」
青年は冷静に否定した。
「冗談だよ。私のどこが好きになったの?」
「……全部」
「は、恥ずかしいことをサラッと言うね…きみは」
「…嘘が苦手なだけだ」
「くすっ、きみらしいね」
少女が笑う。
「でも、全部って言うのはウソだよ」
「かもな。正直に言うとわからない。全部かもしれないし、無いのかもしれない」
「…難しいね」
「ああ」
「でも、好きなんだよね?」
「…ああ」
「私もだよ」
少女の嘘からはじまった、意外なバレンタイン。
これを境に2人は変わるのだろうか・・・
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