エピローグ

『エピローグ』



「こんにちはっ」

あの人が眠る墓の前で、挨拶をする。

「私は毎日頑張ってるよ……ひとりだけど」

あの人がいなくなってから、私は毎日のように此処に来るようになった。
ただなんとなく…
ここに来れば、あの人の側にいられるような気がするから…

「寂しいときもあるけど、大丈夫だよっ」

うん、大丈夫。
あなたはいつも側にいるよね?
私のことを暖かい目で見つめてくれてるよね?

「……もう、行くね」

ずっといても仕方ない。
私は誰もいない家に帰ることにした。


〜 帰り道 〜


「……ん?」

いつもの場所、いつもの時間。
そこに1人の男の子がいた。
年の頃は10歳くらい、『青年』って言うよりは『少年』かな?

「……?」

少年は地面を見つめるように俯いていた。
どうしたのかな?
私は気になったので、声をかけた。

「どうしたの?」

「ぐすっ……え?」

少年は泣いていた。
私の声に気づくと、ポロポロと涙を地面に落としながら振り向く。

「……え?」

その眼。
その眼は・・・

「ぐすっ……な、なに?」

弱い声。
今にも消えそうな声。
この子は・・・

「どうして泣いているの?」

「ぐすっ……誰もいなくなっちゃったの」

「誰も? 家族は?」

「僕だけ残して……死んじゃったの…」

「そ、そうなの…」

だからか…
だから、この少年の眼は…

「知り合いも誰もいないの?」

「ぐすっ…うん」

「…そう」

同じ。
私と同じ。
小さいのに全てを無くしてしまったのね…

「ほらっ、涙を拭いて」

私はポケットからハンカチを取り出し、少年の目元を拭った。

「………」

「…? どうしたの?」

少年が何か言ったらしいが、私の耳には入ってなかった。

「………」

このハンカチは・・・
あの人から貰った、最初で最後のプレゼント。

「……うっ」

涙が出てきた。
なぜだか知らないけど、涙が流れる。
あの人のことを考えると・・・
このハンカチを見ると・・・
あの人はいないんだ。
もう・・・いないんだ。

「おねえちゃん?」

「えっ? あ、ごめん」

ふと我に返る。
少年が心配そうな顔で見つめる。
はは、まいったな。
私ったらなにをしてるんだろう・・・

「…ごめんね」

「え?」

私は少年を抱きしめた。
何かに縋りたくて・・・
何かに頼りたくて・・・

「く、苦しいよぉ」

「ごめん……もう少しだけ……このまま」

「…うん」

ただ、抱きしめていた。
それだけでよかった。
人の体温を感じる。
その温もりがほしかった。

「…ごめんね」

私は一言謝って、少年から離れる。

「そんなことないよ」

「ふふっ、ありがと」

「おねえちゃんも、さびしかったの?」

「え? あ、うん。 そう…だよ」

どんなに強がってもダメなんだよね。
私、強くはなれないよ。

「おねえちゃん?」

「あっ、ごめん。 なに?」

「おムネないんだね」

「ぐさっ」

子供は純粋だ。
純粋故に、言っていい事と悪い事の区別がつかない。

「こーら、女の人にそんなことを言ってはダメだよ」

「…そうなの?」

「そうよっ」

「わかった。言わない」

素直で結構。
子供はこうじゃなくっちゃ。

「きみはこれからどうするの?」

「ボク? ボクは……どうしよう?」

少年は泣きそうな顔をする。

「ほら、泣かないの。男の子でしょう?」

「ぐす……うん」

「お姉ちゃんと来る?」

私は、少年に身寄りが無い事を聞いたときから考えていたことを、言うことにした。

「ふえ? おねえちゃんと?」

「うん。 私もひとりぼっちだから…」

「そ、そうなの?」

少年が驚いたように声を上げる。

「だから、お姉ちゃんのところに来ない?」

「い、いいの?」

「子供は遠慮しないの」

「ボク、もう10歳だよ」

「それじゃぁ、まだまだ子供だよ」

「うー」

少年は唸る。
その姿がなんとも可愛らしい。
やっぱり、子供だね。

「いこっか?」

「うん!」

私は少年の手を取って歩き出す。

「おねえちゃんは、お料理上手なの?」

「ん? 自慢じゃないけど、結構できるよ」

「じゃあ、お掃除は?」

「うーん、普通かな」

「お洗濯は?」

「それも普通かな」

「ふーん」

なにやら1人で納得する少年。
なにを考えているんだろ?

「どうして、そんなことを聞くの?」

「えっと、その…」

あらあら、顔を赤くしちゃって。

「……!」

あっ、そういうことかぁ。
ふ〜ん、なるほどなるほど。

「強くなるんだよ」

「え? どうして?」

「男の子は強くなくっちゃね。 そうじゃないと、好きな女の子も守れないよ?」

「そ、そうなのっ?」

「お姉ちゃんは強い人が好きだなぁ〜」

「ボク、強くなるっ!」

ふふっ、子供って単純ね。
でも、その方がいい。
これからは辛いこともあるだろう。
寂しいときもあるだろう。
でも、強ければ乗り越えられる。
乗り越えるためには強くなければならない。
この子には強くなってほしい。
私が強くなれなかったから・・・
私と同じようになってほしくないから・・・

「つ、強くなったら…」

「うん?」

「ボクと……結婚してくれる?」

「ふふっ、強くなって、お姉ちゃんを支えてくれるようになったら、きみのお嫁さんになってあげる」

「ホント? 約束だよ?」

「うん。約束」

約束。
あの人と交わした約束。
些細なことだったけど、今でも憶えている。

「もし、お姉ちゃんが約束を破ったら、何でも奢ってあげるよ」

「おごる?」

「何でもあげるってこと」

「じゃあ、おねえちゃんがほしい」

「あははっ、いいよ。 じゃあ、これはお姉ちゃんからの約束」

「なに?」

「強くなること。強くなって、私を守ってね」

「うん! ぜったい守る」

「期待してるよ」

大丈夫。
少年は強くなる。
私やあの人のようにはならない。

寂しさに負けそうになったら私が支えてあげる。
暗闇に閉じこめられたら私が見つけてあげる。
立ち止まってしまったら私が背中を押してあげる。
苦しくなったら落ち着くまで私が側にいてあげる。
泣きたくなったら気が済むまで私の胸を貸してあげる。
人の温もりが欲しくなったら私が抱きしめてあげる。
心が冷めてしまったら私の心で暖めてあげる。

あの人と同じ眼をした少年。
後悔はしたくない。
私の全てを使って支えてあげる。
ぜったい大丈夫だよ。
少年は強くなれる。
私だけじゃない。
あの人も・・・
あの人もきっと支えてくれるから・・・




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