季節に想いを込めて

『季節に想いを込めて』



季節は春を迎えはじめる頃。

俺と雪はいつもの公園にいる。
そしていつものベンチ。

いつまでも――これからも変わらない場所。

「雪」

俺はおいしそうにタイヤキを食べる雪に声をかける。

「ぱく……うん?」

「美味しいか?」

「うんっ、とってもおいしいよ」

雪は満足そうに返事をすると再びタイヤキにかぶりつく。

「…………」

「ぱくぱくぱく♪」

幸せそうな顔で食べる雪。
俺はこの笑顔をこれからも守っていきたい。
雪がいつまでも微笑むことができるようにしたい。

「……ふぇ」

雪が突然変な声を上げる。

「どうした?」

「ほっぺたについちゃった」

俺は雪の顔を見てみる。
すると頬にタイヤキのあんこであろう物がついている。

「……うんんん」

雪は唸りながら拭おうとする。
だが、うまく取れず残ってしまう。

「ちょっとまってろ」

俺はポケットからハンカチを取り出す。

「こっち向いて」

「……うん」

雪はこちらに向くが、少しズレている。

「こっちだ」

雪の頭を掴んで俺の方に向けさせる。

「あはは、よくわかんないや」

「気にするな。それよりジッとして」

「うん」

俺は雪の頬を綺麗に拭う。

「ん……んん…」

「………よし、綺麗になったぞ」

「えへへっ、ありがとう」

雪はニッコリと俺に微笑む。
その笑顔はとても明るく――眩しい。

「浩ちゃん」

「うん?」

「残りのタイヤキあげる」

そう言って雪は自分が食べていたタイヤキを差し出す。

ベチャ
それは見事に俺の鼻に命中した。

「……あ」

雪が“しまった”という感じの声を上げる。

「………ゆき」

「ご、ごめんね」

「ははは」

「わ、笑わないでよ〜」

俺は笑った。
雪は変わっていない。
今までの雪だ。
その事実が嬉しくて笑ってしまう。

「うぅ〜」

「ははは……すまんすまん。いかにも雪らしいと思ってな」

「私らしい?」

「ああ、そうだ」

「う〜ん?」

雪は首を傾げる。
そんな雪に俺は言う。
いつものように・・・

「雪が食べたらいいよ」

「…え?」

「俺に気を遣わなくていいから」

「で、でも…」

やはりいつものように雪は納得しない。
ほんと、変わらないな。

「嬉しそうに食べてる雪を見ていたいから」

「……ずっと見てたの?」

「ま、まぁ……ときどき」

「は、恥ずかしいよぉ」

雪がほんのりと顔を赤く染める。

「俺のことは気にしないでくれ」

「う、うん。じゃぁ――もらうね?」

「ああ」

雪は納得したのか、残りをたいらげる。

ゴシゴシ
その間に俺は鼻についたあんこを拭い取る。

「ごっくん……おいしかった♪」

満足そうに言う雪を見てみると、口元が汚れていた。

「ふぅ、やれやれ」

俺は半分苦笑しながら雪の口元を拭う。

「ん……んむ……んん」

「手のかかるお姫様だ」

「……んん」

「これでよし」

雪の口元が綺麗になる。
俺はそれを確認するとハンカチをポケットにしまった。

「私……いつも浩ちゃんに助けてもらってるね」

「そうかもな」

「………」

「だけど、俺は雪の助けになれることが嬉しい」

雪は俺が守る。
俺は心にそう誓ったんだ。
俺は願ったんだ。
雪の側にいられることを・・・

「浩ちゃん…」

「雪、俺は今まで言葉でしかしてない」

「…?」

「なにひとつ行動はしてないんだ」

だから――今ここで。
全てをこの場所で。

「…ゆき」

俺は雪の左手をそっと取る。

「あっ……浩ちゃん?」

「………」

無言で雪の薬指にはめてある指輪を外す。

「な…なにをするの?」

「雪、この指輪を渡したとき――俺は言ったよな?」

「…え?」

「これは“婚約指輪”だって」

あのときは半分冗談だったけど俺は言った。

「半分は冗談だったけど、もう半分は本気だった」

「…うそ?」

「本当だ」

俺は雪となら生きていくのもいいかもしれないと思った。
少しは共に生きていきたいと思った。

「だが、今は違う」

そう、違うんだ。
前の俺とは違うんだ。

「俺は雪と生きていきたい! 雪と歩んでいきたいんだ」

「………」

「もし、雪がいいのなら、今一度これを“婚約指輪”として受け取ってほしい」

「………」

雪は複雑な顔をする。
その表情からは雪の気持ちは読みとれない。

「こんなちっぽけな指輪ではダメかもしれないけど…」

「………」

「いつか雪に相応しい指輪を買ってやる」

「……ううん、いいの」

「…そうか」

やはり俺ではダメだったか。
雪と生きることはできないのか・・・

「俺では力不足だったんだな」

「え?」

「俺は雪の支えになりきることはできなかったようだ」

「こ、浩ちゃん? なにを言ってるの??」

はは、悔しくて涙もでない。
俺はなにもできないヤツなんだな。

「きっと雪に相応しい相手が見つかるさ」

「もう――やめて」

雪はペタペタと俺の胸に手を当ててくる。

「ゆ、ゆき?」

「んと………んん〜〜?」

雪は俺の首にまで手を持ってくると、手をまわして抱きついてくる。

「お、おいっ」

俺は雪に抱きつかれ驚く。

「浩ちゃん……誤解してるよ」

「誤解?」

「私がいいって言ったのはそういう意味じゃないの」

「……え?」

もしかして――俺の勘違い?

「高価な指輪はいらないって」

「………」

「はじめにもらった指輪でいいの」

「――それじゃぁ」

「うん。私も浩ちゃんと一緒に生きていきたい」

雪はギューッと俺に抱きつく。

「迷惑ばかりかける私だけど、もらってくれる?」

「ああ、雪は俺のものだ」

「えへへっ、大事にしてね?」

「ああ、約束する」

今回はこれで終わらない。
このままじゃ今までと何ら変わらない。
言葉だけではない・・・
行動も必要なんだ・・・

「雪、左手をだして…」

「うん」

雪は俺から離れ、左手を差し出す。

ぷすっ
そしてお約束のように俺の鼻に刺さる。

「…あ」

またもや雪が“しまった”というような声を上げる。

「………ゆき」

「ご、ごめん」

こういうのも悪くないよな。
ムードは少し欠けたが、いかにも俺達らしいと思う。

「さて、気を取り直して…」

俺は雪の左手を取る。

「雪、俺と共にこれからも生きてくれるか?」

「………」

少しの沈黙。
そして・・・

「……はい」

雪はしっかりと答える。
その返事を合図に俺は左手の薬指に指輪をはめる。

今回はただのプレゼントじゃない。
これは大切な意味を込めた物。

俺と雪の新たな始まり。

「浩……ちゃん」

雪がポロポロと涙を流す。
満面の笑みを浮かべながら・・・

「ゆき――目を閉じて」

「…うん」

雪は素直に目を閉じる。

ちゅっ
俺は誓いの口付けをする。
それは今までとは違うもの。

確かな行動――確かな証拠。

その証が必要なんだ。
俺は今までそれをしてこなかった。

だから・・・今ここで。

誓いを立てたこの場所で。


永い季節を経て――俺達は結ばれる。


それは俺に雪の存在を気づかせてくれた。


それは俺に雪を守る力を与えてくれた。


それは雪といることが一番の幸せだと教えてくれた。


それは雪の心をたくさん開いてくれた。

そして二度目の冬
それは雪の心の傷を治すきっかけを与えてくれた。


春目前。
雪は俺をかばって傷ついた。
俺のせいで傷ついた。

だが、俺は迷わない。

雪は俺を守りたかったんだ。
守りたくて無茶をしたんだ。
俺もそうだった。
雪を守りたくて無茶をした。
そして足を失った。
雪は光を失った。

そんな2人なら・・・
そんなバカな2人なら大丈夫。

これからもやっていけるさ。
俺と雪は2人でひとつ。

そうだよな?

――ゆき。


そして

いろんな事を教えてくれた季節に

ありがとう




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