エピローグ 蛍の煌めき
エピローグ
『蛍の煌めき』


8月下旬。
季節はまだ夏を留め続ける。

「…雪」

「ん?」

俺達は夜の河原にいる。
2人で花火を見たあの河原だ。

「………」

「浩ちゃん?」

俺は一瞬躊躇ったが、やはり聞くことにした。

「雪は――どうして泣いていたんだ?」

「え? な、泣いていたって?」

雪は確かに涙を流した。
俺とキスをしたとき――それだけは憶えている。

「一緒に花火を見たときだ」

「…うん。ちょっとね」

雪の表情からは何も読みとることはできなかった。
理由はなんなのだろうか?
俺の心に不安が募る。

「もしかして………俺といるのが嫌なのか?」

「えっ!? ち、違うよー!」

雪は怒鳴るような声で否定する。
よかった、それではないようだ。
俺は内心ホッとした。

「あ、あのね…」

雪がもじもじしながら言う。

「なんでも言ってみろ」

「うん、そのね……嬉しかったの」

「嬉しかった?」

嬉しい? なにがだろうか・・・

「嬉しくて――涙がでちゃったの」

「……雪」

「浩ちゃんの側にいられる……そのことが嬉しくって――つい」

「お前ってヤツは…」

俺は雪がたまらなく愛しくなり、力強く抱きしめる。

「こ、浩ちゃん〜〜く、苦しいよ〜」

「俺は幸せ者だっ! こんな俺でも雪は側にいてくれる…」

「浩ちゃん…」

「俺は…俺は…」

涙がこぼれそうになるのをグッと我慢する。

「それは――私もだよ」

「………」

「大好きな浩ちゃんの側にいられて……私は最高に幸せだよ」

「…ゆ、雪」

我慢していた涙が一斉に流れる。
俺の涙は流れ続ける――止まることなく。
雪の優しさが嬉しくて・・・
雪の気持ちが嬉しくて・・・

「くすっ、浩ちゃんも泣き虫さんだね?」

「ば、ばかやろう………目にゴミが入ったんだ」

俺の声はふるえていた。
どんなに強がりを言っても、俺には雪がいないとダメだ。

「泣かないで。私がずっと側にいてあげるから」

ちゅっ
雪が俺の頬にキスをする。

「…雪」

「ほらほら、いつもの元気っ」

「ああ」

元気な雪を見てると、自然と俺の涙も止まる。
雪は俺の側にいてくれる。
そう言ってくれた・・・
たとえ、それが永遠ではなくても――今はいてくれる。
雪は俺の側に・・・

2人の周りをたくさんの光が飛ぶ。
それは2人を包み込むように・・・

「雪、見ろ」

「え? なに?」

「これは――蛍」

「わぁ……きれいだね」

たくさんの蛍。
2人の周りを舞っていた蛍が川の方に飛んでいく。

「いっちゃったね」

「…ああ」

川辺に浮かぶ光の粒。
それは空に煌めく星々のよう。

蛍が輝く。
川に映る景色は夜空のよう。

それは幻想的な光景だった。




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