エピローグ『砕けた破片と見つけた欠片』
エピローグ
『砕けた破片と見つけた欠片』
ひっそりと佇む公園。
その中の一番奥にある目立たないベンチ。
そこに少女はいた・・・。
時間が止まったように空間も凍てついている。
なにひとつ動かない存在とそこにある未来。
目に見えるもの全てが確かなものだと無言で語った。
「あはははは! こっちだよ〜」
「ま、まってよぉ…」
2人の兄妹が公園の中に入ってきた。
まるで鬼ごっこをするように走っていく兄を妹が追いかけていく。
とても微笑ましい光景。
世界の闇も今だけは光の中に溶け込んでいく。
「……きゃっ」
「だ、だいじょうぶかぁ〜?」
「う……うわ〜ん!」
転んで泣き出した妹の側にすぐさま駆け寄る兄。
泣きじゃくる妹を起こし、擦りむいた部分にポケットから取り出した絆創膏を貼るが、
それでもなお泣きやまない妹を兄は優しくなだめた。
「痛いの痛いの飛んでけぇ〜」
「う……ぐすっ」
「ほーら、もう大丈夫!」
「…うぅ」
「痛くないだろ?」
「う、うん」
兄の言葉に妹は素直に頷いた。
そしてまた無邪気に仲良く公園の中を走り始める。
それはよく晴れた朝だった。
穏やかな時間が流れる瞬間だった。
なにかが壊れ、崩れ始める前兆だった・・・。
「お〜い!」
「あっ! こっちこっち〜」
兄妹が仲良く遊んでいるとき、ひとりの男の子が近づいてきた。
どうやら兄の友達らしい、待ち合わせをしていたようで手を振りながら応える。
そんな兄の態度は妹は少しムッとした。
せっかくふたりで遊んでいたのに・・・といった表情をする。
妹の心の中に小さな嫉妬心が芽生え始めた瞬間だった。
「今日はなにする? サッカー?」
「そうだなぁ〜」
「お、おにいちゃん」
縋り付くような声で兄を呼ぶが、当の本人は妹の存在を忘れたかのように友達と話し続けた。
それを見た妹は頬をパンパンに膨らませながらそっぽを向いた・・・小さな抵抗である。
だが、そんな妹を兄は気づくはずもなく会話を弾ませてしまう。
「しらないっ!」
妹はそれだけ言い捨てると奥にあるベンチに駆け寄った。
そして飛び乗るように座ると寂しそう俯く。
「おにいちゃんのバカ…」
小さな目から涙が零れた。
雫は地面へと広がり、小さな水たまりをつくる。
そこにぼんやりと自分の顔が映ると妹の顔に笑顔が戻った。
「涙は似合わないよ」
「…え?」
最初にベンチに座っていた少女は隣の小さな女の子の頭を優しく撫でる。
妹はビックリしたように体を飛び跳ね上がらせるが、それが女の人だとわかると安心した。
「おねえちゃん」
「……?」
「こんなところでなにしてるの?」
妹の問いに少女は何も答えなかった。
ただ、ボーっと遠い彼方を眺める・・・。
不思議に思った妹は首を傾げるだけだった。
「だれかを待ってるの?」
「………」
「もしかして……かれし?」
やはり少女は答えなかった。
妹も諦めたのか、これ以上話しかけるのをやめた。
だが、別段悪い人でもないという印象のためか側に座ることはやめなかった。
ひとりの少女と小さな女の子。
不思議な時間が流れ始めた。
回り始めた歯車が次々と刻んでいく中、誰もが気づかなかった。
悪夢は現実となり、現実は未来へと繋がる。
未来は過去へと姿を変え、心の中に埋もれていく。
その瞬間は一瞬の幻。
「あっ……雨だ…」
「………?」
妹が言ったようにポツポツと雨が降り注いできた。
まだまだ弱い雨だが、このまま降り続ければ強くなってくるのは目に見えてわかる。
妹は立ち上がるとすぐさま帰ろうとした。
「はやく帰らないと……あっ」
「………?」
「おねえちゃんは帰らないの?」
「………」
妹の問いに少女は空を仰いだ。
空から降る雨粒は少女の額や頬に弾かれると、重力に引かれるように地面へと落ちる。
少女は視線を戻したかとおもえば、再び遠い彼方を見つめた。
「へんなおねえちゃん」
妹はそれだけ言うと帰るのをやめ、再びベンチに腰をかけた。
隣の少女のマネをするように妹もボケーッと遠い彼方を見つめる。
同じ事をすると気持ちがわかるような気がしたが、幼い妹にわかるはずもなかった。
ただ、破片と欠片の区別もつかない刻(とき)は・・・。
「家に帰らないの?」
「えっ?」
「風邪ひくよ?」
「うん、そうだね」
少女の小さな声に妹は静かに答えた。
不思議な人だと思いながらも、どこか無視できないことに妹は気づく。
雨は静かに降り注いだ。
少しずつ強くなりながら地面を大きく濡らしていく。
ふたりはベンチから動くことはなかった。
虚しい時間だけが確実に過ぎていく・・・。
『おーい! 帰るぞー!!』
公園を出たところから声が聞こえた。
それは兄が妹へ送る絆。
その声に嬉しそうに返事をすると、妹は微笑みながら席を立った。
「じゃあね、おねえちゃん!」
妹は弾むように言うと、公園の入り口へと駆けだした。
時折、後ろを振り返って少女の方に手を振る妹に少女もまた小さく返事をする。
そして妹は公園の出口へと消えていった。
そこで未来は終わる。
未来は過去になり、過去は人の心の中に残る。
希望から零れた破片は砕けた・・・。
「………」
少女はまた空を仰いだ。
雨足は強くなり、さっきより激しく少女の顔にぶつかる。
その度に弾かれて地面へと落ちる・・・何度も何度も。
ずぶ濡れになっても傘も差さず、ひとりでベンチに座っている少女に奇異の眼差しが注ぐ。
だが、少女はそんなことはなにひとつ気にしなかった。
それは至極当然のことで理由にすらなることはない。
少女は最初からそうであって、最後までそうあるのである。
そんな少女に近づくひとつの影・・・。
「どうした?」
また歯車が動き始めた。
希望と絶望の狭間でもがき抗う生を背負う者。
欠片を求めし者が欠片の色に惹かれ導かれていく。
それは偶然。
それは必然。
時間(とき)が偶然と必然を巡り合わせた。
小さな雛鳥がくわえていたのは紛れもない欠片。
それを見つけたのは、生目を抜かれた狼。
その欠片は限りなく生目に近い欠片・・・。
< Fin >
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