終章『真実の扉、迷走の旅』
終章
『真実の扉、迷走の旅』
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“ハンター”であるミリィの出来事から数日。毎日を不安に煽られるリアラをナツキは“抱く”という行為で幾度も落ち着かせようとした。女性の扱いを知らないナツキにとって自分がしてやれることはそれぐらいしか思いつかなかったのだが、リアラはそれだけで満足できた。奴隷にとって唯一の特権であると納得しようとするが、それだけでは心が満たされることはなかった。
そんなある日のこと。
「あら?珍しく早起きね」
宿の一階で優雅に朝食をとるアリシアがリアラの姿を見つける。リアラの方も気づくと礼儀正しく頭を下げて挨拶した。
「目が赤いけど寝不足なの?」
「あ、いえ。少し…」
リアラは眠そうに欠伸をした。
何となく事情がわかったアリシアは向かいの椅子に座らせると飲み物を頼んだ。
「まぁ、とにかく一服しなさい」
「ありがとうございます」
飲み物がテーブルの上に置かれると、リアラはアリシアに礼をして口を付けた。
「ナツキはまだ寝てるの?」
「はい。少し前に寝たばかりです」
「…リアラちゃんは眠れないわけ?」
「……はい」
少し間をおいて答える。その表情は明らかに影をさしていた。
「私でよければ、話してごらん?心が軽くなるかもね」
「………」
「誰にも言わないから――ね?」
アリシアの言葉にリアラは抱えている不安を語った。
リアラの話をアリシアは終始無言で聞き、ときおり涙を零す彼女の目尻を優しく拭った。
「ナツキ様を信じたいけど、私は“奴隷”――ナツキ様は“ブレイドマスター”なんです。なにもかもが違いすぎるんです。ナツキ様は関係ないと言ってくださいますが、それは無理なんです。どんなにキスされても、優しく抱かれても私は“奴隷”なんです…」
「………」
「身分や能力は変えることはできないんです。ナツキ様と私の距離はどれだけ月日が経っても縮まることはないんです」
「確かにそうかもしれないわ。でも、それは外見上のものであって内面の問題ではないわね」
アリシアの言葉にリアラは口をつぐんだ。
「それこそ、生き方や環境は人の数だけある。数え切れないほどの人生の中で、あなたとナツキの違いってどれほどのものかしら?私には大したことがないような気がするけどね」
「…!」
「結局、人ってみんな同じなのよ。違うのは表面だけ」
リアラの目から再び涙が零れた。アリシアの言葉に心を打たれたのか、はたまた自分の考えの愚かさに気づいたのか…。
「ナツキはあなたを必要としている。そしてあなたもナツキを必要としている――そうでしょう?」
「はいっ…」
「だったらそれでいいじゃない。それ以外に理由がいる?」
「………」
しばらく間をおいて、リアラは小さな声で『わからない』と答えた。
「リアラちゃんにはまだ難しいかもしれないね。そんなに不安ならナツキのお嫁さんになっちゃいなさい」
「お、およめ――そ、そんな恐れ多いことできませんっ」
顔を真っ赤に染めながら力いっぱい否定するリアラの姿にアリシアは笑みを零す。
「考えるのは後。まずは行動してからよ、そして結果が出てから考えるの」
「逆じゃないんですか?」
「リアラちゃんの場合は考えすぎるのよ、そういう人は行動することが大切なの」
「で、でも…」
渋るリアラ。
アリシアはなにかを思いついたのか、リアラに身を寄せると耳打ちするように呟いた。
「ナツキの子供を産みなさい。これだったら問題ないでしょ?」
「……へ?」
「あのナツキのことだからリアラちゃんを抱くとき、きちんと避妊なんかしてないでしょ?」
「…ナツキ様、ずっと私のことを抱きしめているから――初めてのときも」
リアラの言葉にアリシアの方が顔を赤くした。
「ま、まぁ、それはともかく。避妊のお薬も残ってないんじゃない?」
「…はい」
「遅かれ早かれ、現実になりそうね」
「奴隷が主人の子供を宿すのはタブーなんです。やはりできません」
アリシアは小さくため息をついた。
頭が固いというか、なんというか――生真面目すぎるのが裏目にでなければいいのだけれど。
「やれやれ、手のかかる2人だこと…」
数日後、アリシアの不安は不幸にも命中するのである。
「リアラちゃんがいなくなった!?」
ナツキの言葉にアリシアは珍しく大きな声を上げた。
「…ああ、俺が起きたら書き置きがあった」
アリシアはリアラの書き置きを引ったくると目を通した。
書き置きを持つ手はわずかに震えていた。そこには一言『ごめんなさい』とだけ書かれていた。
「リアラ、どうしていなくなったんだ…」
「………」
「自立するにも一言でも声をかけてくれればよかったのだが…」
「自立?」
「俺の金が少しなくなっていた。たぶんリアラが持っていったんだろう。それは構わないのだが、せめて最後に声をかけたかった」
アリシアの手が怒りで震えた。先ほどとは違う感情である。
「ナツキはそれでいいの?リアラちゃんが必要じゃないのっ!?」
「必要じゃない――といえば嘘になる。だが、リアラにはリアラの人生がある。俺の勝手であいつを振り回すことはできない」
「それこそ勝手じゃない。あなた、リアラちゃんのなにをわかっているというのっ!」
「ア、アリシア?」
「リアラちゃんはナツキのことをとても大切に思っていた。だからいなくなったのよ?」
「どうして?なぜ、いなくなる必要があるんだっ」
ナツキの言葉にアリシアは頭に血が上ると、考える前に先に手が動いた。
パァーーン!――その白くて細い手がナツキの頬に衝撃を与える。
「………」
「あなたを好きになった私ってバカみたい!リアラちゃんも可哀相よ!!」
「………」
「人の心をわからない人に他人を好きになる資格なんかないわっ!!」
「ああ、そうさ…」
ナツキは呟くとアリシアに背を向けた。
「わけも分からずこの世界に来て、右も左もわからない状態で剣を持ち、気がつけば“ブレイドマスター”などと言われ人を殺してきた」
「この世界って――あなたいったい?」
「なにが悲しくて剣を振るわなければいけないんだ。好きこのんで人殺しなんかしたくないさっ!」
「………」
アリシアはなにも答えられなかった。ナツキの口からでた言葉は信じられない事実だった。異世界から来た人間――それがナツキだということに気づいたのである。
「この世界に俺の居場所はないんだ…」
ナツキはそれだけ残して宿をでた。
その後ろ姿をアリシアは複雑な思いで見送るしかなかった。
「あっ、ナツキさん!」
ヴァーミアの町の外れに向かって歩くナツキの姿をミリィが見つける。
ミリィはナツキのすぐ側まで駆け寄るとその胸に抱きついた。
「お久しぶりです――あれ?なんか元気ないですね?」
「……ああ」
「どーしたんですか?もしかして彼女にフラれちゃったとか?……なーんてね」
ミリィの言葉にナツキの表情が変わった。それはまるで図星かのように目つきが鋭くなる。その瞳に恐怖を感じるミリィ。ナツキと交えたことのある彼女はその目つきがなにを表すかは一目瞭然である。
「ご、ごめんなさい。失礼なことを聞いちゃって…」
「いや…」
「なんだか寂しそうな顔。大丈夫ですか?」
「………」
ミリィはナツキから離れると心配そうに顔をのぞき込んだ。その瞳には覇気がなく、“ブレイドマスター”には似ても似つかないものであった。全てを失ったかのような姿にミリィは心が締め付けられるような気持ちに駆られた。
「なにがあったか知りませんが、私が側にいてあげますよ」
「……ミリィ」
「私、ナツキさんのことが好きですから」
ミリィの言葉にナツキは一筋の涙を零し、地面に膝をつくように崩れた。
行き場をなくした迷子の子犬のようなナツキ。ミリィは彼の頭を優しく胸に抱き留めた。
「ナツキ様の大切なお金、持って来ちゃった」
森の中を歩きながらリアラは手に持った小さな袋を見つめた。
この中にはナツキ様からこっそり盗ったお金が入っている。本当は忍びなかったのだけれど、ナツキ様の元から去るには無一文では無理だった。もう会うこともないと思うけど、偶然にでも会ったらそのときはどんな罰でも受けよう。主人の持ち物を盗るなんてタブー以上のことだけれど、もう私はタブーを犯しているから…。
「ナツキ様、ごめんなさい…」
リアラは暗くなった夜空に小さな声で懺悔をした。
心の支えを失った“ブレイドマスター”
彼を支えていた少女もまた、その支えを失った。
お互いにそのことに気づきながらも離れていくふたつの道。
このふたりが再び巡り会うのはいつの日か、迷走の旅がここから始まる。
< ブレイド・サーガ 〜伝説の再来〜 Fin >
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