超40話『かけがえのない存在』
超40話
『かけがえのない存在』
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翌日。
朝起きると、五月から病院から電話があったと聞いて俺達はすぐさま病院に向かった。
「先生、モナちゃんはどうなんですか?」
五月が白衣を着た男に問いかける。
その医者は言いにくそうに声を低くして言った・・・。
「…今夜が峠でしょう」
「う、うそ…?」
五月が膝から崩れ落ちる。
そして俺もまた・・・絶望の淵に立たされた・・・。
「意識が戻らなければ、もう彼女は…」
「ふざけるんじゃねぇー!!」
俺は大きな声で怒鳴ると、医者の胸ぐらを力任せに掴んだ。
「く、苦しい…!」
「マ、マサト……!」
とっさに五月が俺の腕に抱きついてくる。
俺はふと自分のしていることに気づくと、腕を離して医者を解放した。
「あんた……医者なんだろ?」
「………」
俺の問いかけに医者は何も答えない。
「だったら助けてくれよっ! 俺の妹を助けてくれよっ!!」
「マサト…」
「頼むよ……モナを助けてくれよ…」
「すまない、できる限りの手は尽くした」
医者の言葉に俺は崩れ落ちた。
それを支えるように五月が俺を抱き留める。
「妹さんは集中治療室にいる……行ってあげるといい」
そう言って一礼すると医者は去っていった。
俺は悔しさのあまり、握り拳を作って地面を殴りつけた。
ガンッ・・・ガンッ・・・!
「くそっ……くそっ……!」
「やめて…、そんなに自分を傷つけないで…」
「…うぅ」
「モナちゃんを見に行ってあげましょう? きっと寂しがっているよ?」
「………」
五月の言葉に頷き、集中治療室に向かった。
………
「あ、先輩っ」
「清子ちゃん?」
モナの元へ行く途中、キヨに会った。
どうやらキヨも心配していたようで、目のしたにクマが出来ている。
「俺が言えた立場じゃないが、睡眠はしっかりとれよ」
「これですか? 昨日、ゲームがクリアできるまで寝なかったんです」
「………」
「私って、気になると眠れないんですよねぇ」
少しでも心配した俺がバカだった。
モナよ・・・こんなヤツが親友だなんて・・・哀れだ。
「先輩こそ睡眠はしっかりとってくださいよ? でないとモナちゃんが心配します」
「それぐらいわかってる」
「涙の跡なんて先輩には似合いませんよ?」
そう言ってキヨは軽く笑い飛ばした。
そんな態度に呆れながらも、変わらないキヨに少しばかり元気づけられた。
「お前こそ、ゲームをしてたなんて嘘ついて、本当は泣いてクマができたんだろう?」
「そ、そんなことないですー! 私は……私は……」
キヨの言葉に少しずつ悲しみが混じり、目尻に涙が溜まっていく。
俺はキヨのすぐ側まで行くと、軽く頭を撫でてやった。
「ほらほら、お前が泣くんじゃない! 俺が泣けないじゃないか…」
「せ、せんぱい…」
「マサトったら、なんだかんだ言っても優しいね」
「いつも俺は優しいぞ? そうじゃないとモナの兄ちゃんは務まらないからな!」
俺はなかなか泣きやまないキヨを軽く抱きしめてやった。
そして優しく背中をさする。
「泣くな…、キヨが悲しむと妹が悲しむんだ」
「ぐす……モナちゃんは助かりますよね?」
「ああ、必ず助かる! 俺はそう信じている」
「そうだよ! マサトが信じてあげないとモナちゃんは帰ってこれないからね?」
「そうさ、だから俺は信じてる……妹を…」
「先輩……私、もう泣きませんっ!」
涙をグッと拭い、全てを吹っ切れたキヨ。
それでこそ俺の後輩だ・・・!
「よし、笑顔で行くぞ」
気合いを入れ、モナがいる集中治療室に足を進めた。
そして辿り着いた俺達は、重い扉を開く。
すると、そこには機械に囲まれてベッドに寝ている妹の姿。
そこにはいつもの笑顔はなく、安らかに目を閉じているだけだった・・・。
「モナ…」
俺は側に近寄ると、その小さな手をキュッと握った。
だけど、その手は少し冷たくて・・・その事実が無性に悲しくなった。
「俺は待っているぞ……必ず帰ってこい…」
「マサト…」
「先輩…」
「俺ひとりではあの家は広すぎるんだよ……お前がいないと静かすぎるんだよ…」
モナの姿を目の当たりにすると今までのことを思い出す。
小さい頃のモナ・・・いつも俺のついてきて、転けても泣きながらついてくる。
ついてくるのは今でも変わらない、モナはいつまでも俺の後をついてきてくれる・・・そう思っていた。
だから、戻ってきて好きなだけ俺の後についてこい・・・俺は好きなだけお前を面倒見てやる!
「俺はいつまでもモナの兄ちゃんだからな?」
「マ…サト……ぐす…」
「五月先輩……先輩があまりにも……可哀想です…」
「清子ちゃん…泣かないで、私まで悲しくなっちゃうよ」
「五月せんぱ〜い」
五月に抱きつくキヨ。
どうやら2人して抱き合いながら泣いているようだ・・・。
「モナがこんなんだから、みんな悲しんでいるんだぞ? だから早く帰ってこい」
ギュッと強く手を握ると、一瞬だがモナが握り返したように感じた・・・。
………
そして峠を越えた明くる日。
病院内の慌ただしい様子に目が覚めた。
「ん?……もう朝か?」
ロビーのイスで寝ていた俺はバタバタと走り回る看護婦さん達に起こされたらしい。
急患でも来たのだろうか・・・?
「ふわぁ〜〜」
俺はのんきにあくびをしていると、キヨが慌てたように駆け寄ってきた。
「せ、先輩っ! モナちゃんが…」
「なにっ!?」
キヨのセリフの中に妹の名が飛び出すやいなや、俺はすぐさま集中治療室に向かった。
ダッダッダッダ!
急ぎ足でモナの元へ駆け寄り、その重たい扉を開いた。
そして俺がそこで見た光景は一番恐れていたものだった・・・。
「…う、うそだろ?」
ベッドの上には頭まで白いシーツを掛けられたモナの姿。
側にいる看護婦さんが悲しそうな視線でベッドを見つめている。
「そ、そんな…!?」
「あ、あなたは…?」
「モナは……妹は……?」
「ちょ、落ち着いてください……これはですね」
パニック状態の俺を看護婦さんがなだめる。
だが、俺にはショックが大きすぎて声なんか耳に入ってなかった。
「あっ! いたいた…!」
声の方に振り向くと、病室の入り口からキヨが覗き込んできた。
「キヨ……モナが…」
「先輩……違いますよ」
「違う?」
「モナちゃんの病室は隣ですっ!」
「えっ!?」
キヨの言葉にハッと気が付く。
そう言えば・・・五月の姿が見えないような・・・?
「ここは一体?」
「これはですね、いざというとき人が死んだときの練習をしていたんですよ〜」
紛らわしいことするんじゃねぇー!!
俺は心の中で叫ぶと、すぐさまキヨを連れて隣の病室に駆け込んだ。
………
「マサトっ!」
病室に入るなり、五月が俺に声をかけてきた。
それに頷いて答えると俺はモナの側に近づいていく。
「モナ…」
「お兄ちゃん…、心配かけたみたいだね?」
「………」
俺は無言でモナを抱きしめた。
一度は失ってしまうかと思った存在・・・それが今、俺の腕の中にいる。
「お、お兄ちゃん…?」
「ぅぅ……よかった、モナが助かってよかった」
「お兄ちゃん………ごめんね……ごめんね」
モナは何度も謝り、その小さな手を俺の背中に回してきた。
それに応えるように俺は少し力を込めて抱きしめる。
「よかったね、マサト」
「先輩もモナちゃんもよかったです!」
祝福してくれる2人の言葉が素直に嬉しかった。
今の俺には素直に受け止めることが出来た。
「お兄ちゃん…苦しいよ〜」
「もう、俺を悲しませないでくれ…」
「…うん、お兄ちゃんが好きだから悲しませないよ」
「どれだけお前を失うことが怖かったか……どれだけ悲しかったか…」
「五月さんから聞いたよ」
そう言ってモナが俺の頭を優しく撫でる。
それは母親が小さな子供をあやすような感じで、自分が幼い頃を何となく思い出す。
「お兄ちゃんはこんなにも私のことを想ってくれるんだって……知らなかったなぁ」
「………」
「ねぇ、お兄ちゃん? お願いがあるんだけど…」
「ああ、なんでも聞いてやる」
「本当? じゃぁ……キスして」
「そ、それは……ダメだろう?」
俺達は兄妹だし・・・それに俺には彼女がいるし・・・目の前に。
「マサト、モナちゃんのお願いなんだから聞いてあげて」
「さ、五月?」
「そうですよ先輩っ! たまにはモナちゃんのお願いも聞いてあげないとね?」
「キヨまでなんてことを言うんだ!?」
キヨはともかく、五月まで願いを聞いてやれなんて・・・どういうことだ?
「じゃぁ、私と清子ちゃんはちょっと飲み物でも買ってくるね?」
「はい、では行ってきま〜す」
そう言うなりそそくさと2人は出ていった。
そして残されたのは俺とモナだけ・・・。
「五月さんと清子ちゃんにはちゃんと了承を取ってあるから……ね?」
「ふぅ、そういうことか…」
「私、ファーストキスはお兄ちゃんにって、ずっと前から決めていたの」
「………」
「だから……お兄ちゃんは妹の私をこんなにも想ってくれるってわかったし…」
俺は自分の頭をクシャっと掻き、顔をモナに近づけた。
「お兄ちゃん…?」
「ほら、目を閉じろ」
「うん……ドキドキ☆」
目を閉じるモナの頬に軽く手を当て、俺は唇を近づけた。
そして唇が触れると、モナの温もりが伝ってくる・・・。
「ん……んふぅ」
「…これでいいか?」
「うんっ! えへへっ、お兄ちゃんとキスしちゃった♪」
モナの嬉しそうな笑顔、歓喜に満ちた声。
それらがとてつもなく懐かしく思える・・・ほんの少しの間なのに何年も経ったような錯覚を憶える。
それはモナの存在が俺にとって、とても大きなものだから・・・
ほかの何よりも、かけがえのない存在・・・
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