賑やかな食卓
『賑やかな食卓』
昼食。
今日の食卓は俺と真奈と雪の3人。
「真奈、来たぞ」
「うん、適当に座って」
「わかった」
俺と雪はゆっくり歩きながら席に向かう。
「……っと」
俺は松葉杖を一度手放して、椅子を引く。
「雪」
そしてその椅子にゆっくり雪を座らす。
「あ、ありがとう」
「礼はいらないぜ、お嬢さん」
俺はキザっぽく言う。
「おにーちゃん…」
すると真奈が呆れた顔をした。
「このナイスガイ語は真奈には難しくてわからないかな?」
「ナイスガイ語って……そんなのあった?」
「ふっふっふ、それは俺の造語だ」
「あっそ」
素っ気ない返事をすると、真奈はテーブルに料理を並べる。
「まぁ、聞け」
「はいはい」
「あはは、2人とも仲がいいね」
バカな会話をする俺達を雪は笑う。
雪の笑顔――それだけで心が和む。
俺は温かい気持ちになれる。
「おう、俺と真奈はコンビだからな」
「勝手に決めないでよ」
「いいなぁ〜? 私も入りたいよ」
「よし、雪を入れてトリオにするか?」
「だから私は…」
「うん、いいね」
「決定っ!」
「……おにーちゃん」
「わーい」
そんな賑やかな会話をしながら昼食が始まる。
かちゃかちゃ
3人で食卓を囲む。
「もぐもぐ……うまいな」
「あ、それは自分でもうまくできたと思うんだ」
「それはそれは……雪、あ〜ん」
「あ〜ん」
口を開ける雪にスプーンを持っていく。
「熱いから気をつけろ」
「うん……あむ」
雪がスプーンをくわえる。
「もぐもぐ……ごっくん。おいしい〜」
「雪音さん、そう言ってくれると嬉しいよ」
「ほんとほんと、お世辞じゃなくておいしいよ」
雪は顔を綻ばせる。
「…浩ちゃん」
「ん? ああ。はい、あ〜ん」
「あ〜ん」
雪の口にスプーンを持っていく。
「もぐもぐ…」
「ねぇ、おにいちゃん」
俺達を見ていた真奈が声をかけてくる。
「なんだ?」
「別のやり方にした方が雪音さんも食べ易いんじゃないの?」
「別の?」
「うん」
別の方法?
なにかあるか?
「いい案があるのか?」
「うんっ、口移しで食べさせてあげたら手っ取り早いよ」
「…なっ」
と、突然なにを言いだすんだ!?
「私に気を遣わないで、どうぞどうぞ」
「ば、なに言ってんだよっ! 雪も困っているだろう?」
「わ、わたし……あの」
案の定、雪は顔を真っ赤にしながら慌てている。
「あらあら、未来の夫婦がなにを言ってるのかな〜?」
「そ、それは関係ないだろう?」
「でも、名案だと思うんだけど…」
「却下だ却下!!」
「ちぇっ、残念」
残念がるなっ!
それに俺達で遊ぶんじゃねぇー。
「あ、今思い出したんだけどな」
「なに?」
「今日のいつ帰ってきたんだ?」
そうだ。
真奈は昨日、友達の家に泊まりに行くって言っていた。
昨日は帰ってこなかったから今日のはずだよな。
「んふふ、おにいちゃんと雪音さんがラブラブのときだよ」
「…なにっ!?」
「ドアに耳を傾けると……それはそれは」
「………」
ま、まさか・・・全部聞かれていたのか?
「おにいちゃんは鈍感だし、雪音さんは健気だし」
「………」
「…こ、浩ちゃん」
雪が俺の服をギュッと掴む。
その顔は今にも火を噴きだしそうなほど真っ赤になっていた。
「ああー、熱いねぇ」
「……は…ははは」
こ、これはマジでヤバイ。
とてつもなく恥ずかしい・・・
「っていうのは冗談なんだけど」
「…へ?」
「…ええ??」
俺と雪の発した声は裏返っていた。
「どしたの?」
「…い、いや」
「…あ…あはは」
2人して作り笑いをする。
だが、それも真奈によってバレる。
「もう、2人とも朝からそんなことしてたの?」
「………」
「………」
俺達は反論できない。
ただただ顔を赤くして俯くのみだった。
「ふふ、でも未来の夫婦なんだから当たり前か」
「…すいません」
「…ごめんなさい」
何故か俺と雪は真奈に謝った。
「いいじゃないの、それだけ愛し合っているんだからさ」
まぁ、そうとも言えるがな。
「そうそう、私が帰ってきたのは11時半ぐらいだよ」
「そ、そうか」
本当にバレてなかったようだ。
だけど、半分バレたようなものだ。
「そんなことより、さっさと食べちゃいましょう」
「あ、ああ――そうだな」
俺は雪の口にスプーンを運ぶ。
「雪、あ〜ん」
「あ〜ん」
「愛だねぇ〜」
真奈が俺達を茶化す。
「もぐもぐ……ぽ」
「こ、こら! そこで赤くなるなっ」
「で、でも…」
お、俺まで恥ずかしくなってしまう。
「真奈っ」
「怒っちゃやだよ〜」
「お前なぁー」
グイグイ
俺の服の袖が引っ張られる。
「ん? 雪?」
「…浩ちゃん」
「どうした?」
「えっと……その……」
雪のヤツどうしたんだ?
なんだか言い辛そうだが・・・
「なんでも言ってみろ」
「……おトイレ」
雪が小さな声でそう言った。
「わかった」
俺が席を立とうとすると、真奈が止める。
「いいよ、私が雪音さんを連れて行ってあげるから」
「そうか? すまないな」
「ううん。さ、義姉さん」
「……わたし?」
真奈のジョークに雪は驚く。
「そだよ」
「どうして?」
「だって、おにいちゃんと結婚したら…」
「ま、まだしてないよ」
「でも……するんでしょ?」
「……う…うん」
雪が困ったような顔をする。
ふぅ、雪は真奈のジョークに対して免疫が無かったな。
「それ以上、雪を困らせるな」
「うわ、旦那さんが怒った」
「だ、誰が旦那だっ」
「未来の……ね?」
くだらないことを言いやがって・・・
「雪を連れて行ってやってくれ」
「はぁ〜い」
真奈は素直に返事をすると雪の手を取ってトイレに連れて行く。
「俺はいまのうちに食っておくか」
もぐもぐ
俺はひとりで料理を食べる。
「…ねぇ」
「ん? 真奈か……雪は?」
「今、トイレに入っているよ」
「そうか、ありがとな」
俺がそう言うと真奈は首を横に振る。
「雪音さん、後悔していないかな?」
真奈が突然そんなことを言いだした。
「なにを?」
「おにいちゃんみたいな人を選んだことを…」
「“みたいな”ってなんだよっ」
俺はそんなにダメな人間か?
「冗談だよ」
「ったく」
俺は呆れる。
真奈の冗談は冗談じゃないときがある。
「えとね、雪音さんは今を幸せと感じてくれているかなって」
「それは……難しいな」
「うん、そうだね」
「だが俺は――そう思っていてほしい」
雪には幸せと感じていてほしい。
いつまでも幸せと。
「雪が望むことはなんでもしてやりたいと思う」
「……おにいちゃん」
「それで雪が幸せになってくれるなら安いもんだ」
「うん、がんばってね」
真奈に励まされる。
なんだかんだ言っても真奈はしっかりしている。
俺や雪よりも・・・
「私は幸せだよ」
「…雪?」
いつのまにか雪が戻ってきていた。
「あ、雪音さん」
「うんと……うん?」
雪は壁にペタペタと手を当ててこちらに来る。
そうやってトイレから戻ってきたんだろう・・・
「おいっ、雪っ」
「え?……んきゃっ!?」
ゴチン
俺が止める前に雪は突き出ている壁に頭をぶつけた。
「きゃうぅ〜〜痛いよぉ〜」
「雪音さん、大丈夫?」
真奈が雪のすぐ側に駆け寄る。
「う、うん……大丈夫じゃない」
「さ、こっちだよ」
真奈が雪を椅子のところまで連れてくる。
「ちょっと待ってね」
真奈は雪を座らすと洗面台に向かった。
「うぅ〜〜痛いよ〜〜」
「大丈夫か?」
「ううん」
雪の目からボロボロ涙が流れる。
相当痛いんだろうな・・・
「おにいちゃん、タオルを冷やしてきたよ」
「ん? サンキュー」
俺は真奈からタオルを受け取ると、雪の額に当てる。
「んっ、冷た〜い」
「少しは楽になったか?」
「うん」
しばらく雪の額にタオルを当てる。
すると雪の顔から苦痛の色が消えていく。
「私は浩ちゃんの側にいられて幸せだよ」
「…雪?」
「真奈ちゃんとの会話が聞こえたから…」
「…そうか」
雪は本当に幸せと感じてくれているのか?
「優しい浩ちゃんに抱きしめられるだけで心が温かくなるの」
そう言って雪は俺の手に自分の手を重ねてくる。
雪の温もりが手を通して伝わってくる。
「私、それだけで十分だよ」
雪はニッコリ微笑む。
その顔はとても満足そうな顔だ。
「それに、浩ちゃんのお嫁さんになれるなんて最高に幸せだよ」
「はは、ありがとな」
「真奈ちゃんも優しくしてくれて……ぐす……わたし」
「雪音さん…」
「感謝しても……ぐすん……したりないくらい…」
雪の目から心の粒がこぼれる。
それは俺と真奈に対しての涙。
その涙は雪の全ての気持ちを含んでいた。
「雪音さん、それはこっちの台詞だよ」
「ぐす……え?」
「私の大事なおにいちゃんを助けてくれて…」
真奈の目に光るものが映る。
「ありがとう」
「そんなこと……ぐす……うう……ないよ」
「泣かないで、雪音さん」
そう言う真奈の目からも熱い滴が流れている。
「……うぅ……真奈ちゃん」
「これからもよろしくね」
雪の手を真奈は握手するようにギュッと握る。
「うん、私の方こそ」
その手を雪は握り返す。
「さぁ、話が終わったのなら食事の続きだ」
俺は空気を変えるように明るく言う。
「ぐす……そうだね」
「……くすん…おにーちゃんったら」
「2人とも泣かない泣かない」
「なに言ってるんだよ〜?」
真奈が非難の声を上げる。
「2人じゃなくて3人だよ」
「はぁ? なに言ってんだ?」
「おにいちゃんも泣いてるよ」
「……あ」
本当だ。
真奈に言われるまで気づかなかった。
俺も泣いている。
「ははは、人のことは言えないな」
「ぐす……浩ちゃん」
「やれやれ」
俺は自分の胸に雪を抱き寄せる。
「ありがとな」
「……うん」
「真奈」
「……なに?」
「お前も来い」
そう言って俺は手招きする。
「え? でも…」
「今日ぐらいは俺の胸を貸してやる」
「くすん……カッコつけちゃって」
真奈は俺に近寄ってくる。
「今日だけだからね」
そして俺の胸に飛び込む。
「ぐすんっ……おにいちゃん」
「よしよし」
真奈の頭を優しく撫でる。
俺の胸で泣く2人。
真奈と雪。
お前達は俺にとってなによりも大切な存在だ。
これからも・・・
いつまでも・・・
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