3人のおでかけ

『3人のおでかけ』



「…でだ」

「なに?」

「なーに?」

食事に戻ったところで俺は2人に言った。

「今日は何処かに行こうかと思うんだが…」

「うーん、まぁ…いいけど」

「私はいいよ。浩ちゃんに迷惑がかかるから」

雪は控え気味に言う。

「こらこら、遠慮するな」

「…うん。でも」

「雪は行きたくないのか?」

「…ちょっと」

そうか、それなら仕方がないな。

「行こうよ、雪音さん」

「真奈ちゃん?」

「デパートに行こう?」

真奈が勝手に行き場所を決める。
なぜデパートなんだ?
人が多くて大変なんだぞ。

「デパート?」

「うん。そこで可愛い服を買うの」

「服?」

「うんっ、それでおにいちゃんを悩殺するんだ」

俺は悩殺されるらしい・・・
雪にならされてみたい。
――っていうか、もうされている。

「どう?」

「うん、それなら行く」

「――ということでおにいちゃん」

「わかった。今日はデパートに行くんだな?」

「うん」

ふぅ、やれやれ。

俺は少し憂鬱になりながらも行くことになった。
なんか先が思いやられそうな気がする。

「おにいちゃんっ、行くよ〜」

「ちょっと待ってくれ」

俺は雪に靴を履かす。

「ごめんね」

「ばーか、なに言ってんだよ」

「うん、そうだね」

「さぁ、行くぞ」

俺は左手に松葉杖を持つと、右手は雪に差し出す。

「雪、掴まって」

「うん」

雪は手探りで俺の腕を掴むと細い腕を絡めてくる。

「ゆっくり行くからな?」

「うん、いいよ」

俺は少しずつ足を進めていく。

「おにいちゃん、遅いよ」

外にでるなり真奈が怒る。

「無茶を言うなっ」

「真奈ちゃん、ごめんね。私が悪いんだ」

「あ、雪音さん……謝らないで。冗談だから」

「…ふぇ?」

「ったく」

真奈の冗談も程々にしてほしい。
雪が真に受けてしまう。

「さぁ〜て、行こっか?」

「そうだな」

「うん」

俺達はゆっくりとデパートに向かう。

コツコツコツコツ
カッカッカッカッ
俺の松葉杖の音と雪の杖の音が鳴る。
それは共鳴するようにお互い響きあう。

「雪、大丈夫か?」

「うん。浩ちゃんは?」

「俺は大丈夫だ」

そんな会話を何回も繰り返す。
俺は雪のことが心配で・・・
雪は俺のことが心配で・・・

「真奈、すまないな」

「ん? なんで?」

「俺達のペースに合わせてしまって」

「ぜーんぜん、楽しいからいいよ♪」

そう言って真奈はスキップする。

真奈は極力俺達を助けない。
それは他人の力を借りずに自分たちで努力させるため。
真奈が助けてばかりいたら俺達は何一つ出来なくなってしまう。
それを含めて真奈は手を貸さないのだ。

玄関のときもそうだ。
真奈は何一つ助けなかった。
それは俺が雪を助けるため・・・
俺に雪を手助けさせるために真奈は手をださなかった。

助けるだけが優しさじゃない。
俺達にはその優しさが逆にダメになる。
それをわかって真奈は優しさをかけない。

たぶん、一番真奈が悔しいだろう。
見ていることしかできない真奈が・・・

「真奈」

「うん?」

「ありがとう」

「なに? 急にどうしたの?」

「いや、なんとなく言いたかったんだ」

本当、お前はいい妹だよ。
誰にでも自慢できる妹だ。

「そんなこと言ってないで、しっかり雪音さんを支えるんだよ?」

「お前に言われるまでもないさっ」

「その意気その意気!」

俺は雪を支えて歩く。
これからも歩いていくんだろう。
この道を・・・
この人生を・・・


〜 デパート 〜


「……着いたね」

「そのようだな」

「ふぅ……少し疲れたよ」

やはり、雪には辛かったようだ。
目が見えない故に神経を研ぎ澄ますので疲れるはずだ。

「休憩する?」

「ああ、雪が疲れているからな」

「…ご、ごめんね」

「雪音さんは悪くないよ、悪いのおにいちゃんだよ」

「なぜ俺?」

俺は疑問を抱きながらも真奈に着いていくことにした。

「ここでいい?」

「ああ、上等だ」

俺達は階段の踊り場にあるシートに並んで座る。
真奈が選んだこの場所。
人目があまりなく、静かでよい。

「私、飲み物でも買ってくるね?」

「ああ、すまない」

「いえいえ、おにいちゃんの奢りだからね」

タッタッタッタ
真奈はそれだけ言うと行ってしまった。

「ちゃっかりしてるな」

「あはは、真奈ちゃんらしいね」

雪は俺の手をしっかり握っている。

「雪、俺は側にいるから」

「うん。でも、なんとなく寂しいから」

「…わかった」

俺も雪の手をギュッと握る。

「雪とこういう場所に来るのは初めてだが、まさかこんな形で来るとはな…」

「浩ちゃん、そんなこと言わないで」

「すまない。別に責めているわけでも、悲観しているわけでもない」

「…うん」

「ただ、なんとなく……な」

せめて雪の目が見えていたらと思う。
雪の喜ぶ姿。
雪のはしゃぐ姿。
それが見たかったな・・・

「おにーちゃん」

「おう、おかえり」

真奈が缶を抱えて戻ってきた。

「はい、買ってきたよ」

そう言って俺に2本の缶を差し出す。

「ありがとよ」

俺は受け取ると、一本の蓋を開けて雪にしっかりと握らせる。

「ありがとう、浩ちゃん」

「ふふ、雪音さんよかったね」

「…うん?」

「おにいちゃんが優しくて」

「うんっ」

2人して俺のことを話す。
真奈も真奈だが、雪も雪だ。
とてつもなく恥ずかしい。

「んく……んく……んく」

「ごく………ごく……」

「………」

雪の飲むスピードはわかる。
だが、真奈のスピードはなんだ?

「んく…んく…んく…んく」

「………」

「ぷはーー! うまい〜〜」

「お前はオヤジかっ!!」

俺はつっこむ。
つっこまずにはいられなかった。

「なんだお〜〜? うるへぇ〜〜」

「今度は酔っぱらいかっ!!」

「あはは!」

雪が眩しいくらいの笑みをこぼす。

「ふふ、面白かった?」

「あはは、うんうん……ははは」

雪がお腹を抱えて笑う。
そんな雪を見て俺も微笑まずにはいられなかった。

「真奈ちゃんの酔っぱらいが面白かったよ」

「俺のつっこみは?」

「おにーちゃん、ヤキモチ妬かない」

「だ、だれがっ」

「雪音さんを笑いの虜にしたのは“笑いの魔術師”こと真奈ちゃんよっ」

なんだそれは?
初めて聞いたぞ?

「聞いたこと無いぞ?」

「それはそうだよ、言ったことないもん」

「なんじゃそりゃ!?」

「あはは、おもしろ〜い」

雪が涙を流しながら喜ぶ。
その涙は笑い泣きなのか、それとも別のものなのか・・・

「あはは……な、涙が止まらないよぉ」

「…雪」

俺は雪の頭を優しく撫でる。

「ぐすん……こんなに笑ったのは久しぶりだよ」

「そうか」

「うん、面白いんだけど嬉しくて…」

雪は指で涙をすくう。

「こんな私でも一緒に楽しくできて……それが嬉しくて」

「ああ、これからも俺達は一緒だぞ」

「そうだよ、雪音さん。私達はいつまでも一緒だよ」

「ありがとう……ありがとう……」

雪は何度も礼を述べながら涙を落とす。
それは嬉しくて流れた涙。
その涙は止める必要は無いと思う。

嬉しいのならたくさん泣けばいい。
悲しいのならたくさん泣けばいい。

良いも悪いも涙と一緒に流してしまえばいい。
良いことは次に繋がる道。
悪いことは心から捨て去る道。
その道を作ることはいいことなんだ。

道を作ること。
それを出来るのは本当の“幸せ”を知っている人だけ。




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