もうひとつの素顔
『もうひとつの素顔』
雪と真奈が服を買いに行った。
俺は2人が戻ってくるまで休憩することにした。
「…よっと」
俺はシートにごろんと寝っ転がる。
「ふぅ〜」
2人は今頃どうしているのだろう?
買い物を楽しんでいるだろうか?
雪は喜んでいるだろうか?
寂しがっていないだろうか?
「まぁ、真奈がついているから大丈夫だろう」
あいつは俺よりしっかりしている。
あいつになら雪を任せることが出来る。
あ、ちょっとトイレに行きたくなってきた。
仕方がない。
さっさと行って来るか・・・
「…っと」
俺は体を起こす。
そして松葉杖を掴んで気づく。
「しまった! 松葉杖が一本しかなかった…」
雪と寄り添って来たから持ってくるのを忘れていた。
ふぅ、どうしようか?
「……近くだからなんとかなるだろう」
俺はそう思いこんで、フラフラと不安定な歩行をはじめる。
コツッ……コツッ……
不規則な音が響く。
「うおっと」
ヤバイヤバイ。
転けそうになったぞ?
コツ……コツ……
俺は再び気を取り直して歩く。
「…っと!?」
だが、階段のところで躓いた。
「…くっ」
階段の上から落ちそうになる。
「あぶないっ!」
ガシッ
そんな俺を誰かが抱えてくれた。
「…あ」
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
助けてくれた人は俺を階段の上まで押してくれた。
「どうもありが…」
「こんにちは」
「き、君は……確か雪の友達の」
「はい、そうです」
そう言って俺の肩に手をまわしてしっかり支えてくれる。
「あ、いいよ」
「いえいえ、遠慮しないでください」
「だが…」
「何処かに行こうとしていたんでしょ?」
「まぁ、そうだが…」
だけど、迷惑をかけるのは気が引ける。
それもよく知らない人に。
「それで何処に行くんですか?」
「それが……トイレなんだ」
「そうですか、わかりました」
そして俺はトイレに連れて行ってもらうのだった。
ジャー
俺はトイレから出る。
「ふぅ、スッキリした」
「浩一さん」
「うん?」
「少し――いいですか?」
「あ、ああ」
俺は申し出を承諾すると、最初にいた踊り場のシートに戻る。
「――で、話って?」
「はい、雪音ちゃんのことなんです」
「…雪の?」
雪のことか・・・
「雪音ちゃんはあんな調子だから、自分の気持ちもハッキリ言わないんです」
「そうだな。それは俺もわかっている」
それに雪の言いたいこともわかっている。
「雪音ちゃんが私を紹介したときのことを憶えていますか?」
「あ、ああ」
確か“私のお友達”ってな感じの紹介だったよな。
名前もなにもわかったもんじゃなかったが・・・
「紹介のときに私の名前を言わなかったのは、浩一さんを取られたくなかったからなんです」
「…俺を?」
「はい。私をきちんと紹介して、私に感心が行くのが恐かったんでしょう」
「はぁ?」
なにが言いたいのかがよくわからない・・・
「簡単に言いますと、私と浩一さんが近づくのを心の何処かで恐れていたんです」
「雪が?」
「そうです。だから雪音ちゃんは私の名前を言わなかったんです」
「……そうか」
わかったようで、わからない。
雪は恐れていた。
俺が他の誰かと近づくことを心の何処かで。
それは何故?
俺が雪から離れてしまうとでも思ったのだろうか?
「俺が雪から離れるとでも思ったからか?」
「はい、その通りです」
「そんなバカな…」
「雪音ちゃんはハッキリ言いません。だから、行動にでてしまうんです」
行動にでる。
それは紹介のときのことを言っているのだろうか?
「だから、雪音ちゃんを安心させてほしいんです」
「………」
「雪音ちゃんには浩一さんしかいないから」
その言葉。
よく言われるな・・・
「私と話していると、いつも浩一さんがでてくるんです」
「俺が?」
「雪音ちゃんは浩一さんのことが大好きなんですよ」
「ああ、俺も雪が大好きだ」
「それを聞いて安心しました」
そう言って腰を上げる。
「ん? もう行くのか?」
「はい。雪音ちゃんに見られて誤解されたら困りますから」
「…その点は大丈夫だろう」
「え? どうして言い切れるんですか?」
それは俺と雪だからな。
俺達の絆は誰にも引き裂くことも割り込むこともできない。
「俺と雪は婚約したからな」
「ええっ!?」
目をまん丸にして驚く。
「ほ、本当ですか?」
「ああ、指輪も渡した」
「あ、あの指輪ってそういう意味だったんですね」
「そういうこと」
俺がそう言うと納得したように頷く。
「あー、おめでとうございます」
「それは雪に言ってやってくれ」
「雪音ちゃんにですか?」
「ああ。雪だって君が祝ってくれることを望んでいる」
雪の友達。
いつも俺にくっついていた雪に同姓の友達ができた。
それはとても珍しい。
そんな雪と仲がいいのは雪が信頼している証拠。
「頼む」
「あ、はい。わかりました」
「ありがとう」
「ふふ、それでは失礼します」
「あっ――それと…」
俺は呼び止める。
「これからも雪の友達でいてやってほしい」
「はいっ♪」
元気な返事をして俺の前から姿を消した。
雪が恐れていたことを初めて知った。
雪の恐怖。
それは俺が雪の側からいなくなることなんだろう。
そんなことは絶対ないっ!
雪は俺のものだ。
俺の側が雪の居場所なんだ。
雪はそう言った。
俺の居場所も雪の側だ。
雪がいたからそこ俺はここまで頑張ってくることが出来た。
雪――お前は最高のバカだよ。
そんなことを恐れるなんて弱すぎる。
とても弱い。
だから俺は守るっ!
俺の全てをかけて雪を守る。
儚い雪を・・・
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