雪の虜

『雪の虜』



「…遅いな」

2人が買い物に行ってから、もう50時間は経つ。

「…なーんてな」

俺は自分につっこむ。

「………虚しい」

バカなことはやめよう。
まぁ、冗談はおいといて、かれこれ1時間は経つ。
女の買い物は長いと聞いたが本当だな。

「…ふわぁ」

もう一眠りするか。
俺はごろんとシートに横になる。

「おやすみ」

そして俺は暗闇へ吸い込まれていった。


〜 しばらくして 〜


「…ちゃん」

んん?
誰かの声が聞こえる。

「…おにーちゃん」

おにーちゃんってなんだ?
食えるのか?

「起きてよっ、おにーちゃん」

どすっ
俺の腹部に衝撃が走る。

「…くぅ〜」

俺は腹を抱えて起き上がる。

「あ、ごめん。ちょっと力がはいちゃった」

そこには目の前で手を合わせて謝る真奈の姿がった。

「お、お前なぁ…」

いてて。
なんてことしやがんだよ。

「………」

誰だ?
真奈の隣にいるのは・・・?

「隣にいるのは誰だ?」

俺は半分ぼやけた意識で尋ねる。

「んふふ、私の友達なの」

真奈がニヤニヤしながら言う。

「それはまた、ずいぶん可愛い子だな」

あれ?
雪はどうしたんだ?
真奈と一緒じゃなかったのか?

「ところで雪は?」

「もう、おにいちゃんったら」

「な、なんだよ?」

「本気でいってるの?」

「…?」

俺はいたって本気だが・・・

「さ、雪音さん」

そう言って真奈は友達の背を押す。

とてとて
俺の目の前にくる少女。

「も、もしかして……雪?」

「そ、そうだよ」

これは驚いた。
本当に雪か?――俺が知っている雪なのか?

「あ、あのね…」

「………」

確かに雪だ。
近くで見たらわかる。
雪の眼――雪の顔。
俺が知っている雪だ。

「これはまた……可愛くなったな」

「え、えへへ」

雪が照れたように笑う。
雪のしぐさ。
そのひとつひとつが輝いて見える。

「気に入ってくれた?」

そう言って雪は両手を胸の前で合わせる。
その手にはしっかりと服の袖が握られていた。

「あ、ああ」

俺はそのしぐさに一瞬ドキッとする。

「あらあら、おにーちゃんったら顔を真っ赤にしちゃって」

「ばっ、な、なにを言ってるんだよっ」

「雪音さんにメロメロなのねぇ〜」

「………」

は、反論できない。
今の俺は雪の虜になってしまっている。

「そんなことより、一回まわってくれないか?」

俺は真奈を無視して雪に言う。

「あ、うん」

雪は言われた通りにまわる。

くるくる
雪はまわる。

くるくる
何回も・・・

くるくる
止まることなく・・・

「真奈、止めてやってくれ」

「わかったよ」

真奈が雪の肩を掴んで止めさせる。

「何回まわる気だ?」

「え? そんなにまわってた?」

雪は本気でそう言った。
目が見えないと方向感覚を失うから仕方ないか。

「雪、こっちにおいで」

「…うん」

雪が片手を伸ばしながらゆっくり歩いてくる。

「……それ」

「んきゃっ!?」

俺は雪の手が届く範囲まで来るとその手を掴む。
そして強引に俺の胸に抱き寄せる。

「こ、浩ちゃん?」

「なんだ?」

「ま、真奈ちゃんが見てるよ」

「真奈か…」

真奈はいない。
あいつは気を利かせて何処かにいった。
それを俺は気づいている。

「いないよ」

「そ、そうなの?」

「ああ、今は俺達だけだ」

俺は雪を強く抱きしめる。

「いつも可愛いけど、今日はさらに可愛いな」

「うん。浩ちゃんのために頑張ったの」

「ありがとな」

俺は雪の頭を優しく撫でる。

「ピンクのリボンもとっても似合ってる」

「えへへっ、これは真奈ちゃんがつけてくれたの」

「それはよかったな」

「うんっ」

話が一段落すると、俺は少し前にあったことを話すことにした。

「さっきな、雪の友達に会ったんだ」

「!?」

それを言ったとたん雪の体がビクッと反応した。

「俺がトイレに行こうとしたとき階段から落ちそうになって…」

「………」

「そのとき助けてくれたんだ」

「そ、そうなんだ」

雪は暗い声で言う。

「………」

話すつもりだったが、なんとなく黙ってしまう。

「…い、いやだよ」

「雪?」

「離れちゃ……やだよ……」

雪の声はとても小さくて・・・
今にも消えてしまいそうで・・・

「大丈夫だ、俺は雪の側にいる」

「…ほんと?」

「ずっとずっと側にいてやる」

「ほんとにほんと?」

ふぅ、今日はいつにもましてしつこいな。
いつもならすぐに納得するのに・・・

「どうしたら信じてくれるんだ?」

「そりゃぁ〜、キスだよっ」

突然真奈が割り込んできた。

「い、いつのまに!?」

「えっへん! 真奈ちゃんは忍者なのだ」

「うそつけ」

「ちっ、バレたか」

そりゃバレるって・・・
それに自分で正体を明かすヤツがあるかっ!

「それとね、お取り込み中悪いんだけどさ」

「なんだ?」

「もう、帰らない?」

「あ、ああ。そうだな」

だが、雪が・・・

「雪音さん」

「…ふぇ?」

「心配しなくていいよ。おにいちゃんはずっと側にいてくれるから」

「真奈ちゃん…」

「こんなんだけど、おにいちゃんは雪音さんが大好きなんだから」

「“こんなん”ってのは酷いな」

俺の雪を愛する心は凄いんだぞ?
お前はそれを知っているのか?

なーんて言えたらどれだけいいことか・・・

「だから安心していいんだよ」

真奈が雪に言い聞かせるように言う。

「それとな、雪の友達も知っていたぞ」

「え?」

「雪がハッキリと言葉に出せないことを…」

「………」

「いい友達じゃないか、ちゃーんと名前を名乗りもしなかった」

俺は重要部分だけをかいつまんで話す。

「そ、それって…」

「結局、俺は名前を知ることがなかったよ」

「そうなんだ」

「まぁ、そう言うわけだから帰るとするか」

俺は“どういうわけなんだ?”と自分につっこみながら立ち上がる。

「雪音さん、いざとなったら私がおにいちゃんを繋ぎ止めてあげるから」

「真奈ちゃんありがとう。でも、いいの」

「そう?」

「自分の力で浩ちゃんを繋ぎ止めてみせるよ」

「そーだそーだ! おにいちゃんなんか悩殺しちゃえ〜」

――ってな会話をする2人。

雪の心配性には困ったものだ。
でも、それも大丈夫だろう。

俺はもう・・・
心まで雪の虜になっているのだから・・・




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