真奈の願い
『真奈の願い』
3人で帰宅中。
デパートの帰り道でのこと。
「――でさ、結婚式はいつ挙げるの?」
「…そ、それは」
「……ぽ」
おいおい、何故そこで赤くなるんだ?
いくらなんでも赤面しすぎだぞ――雪。
「まずは大学を卒業してからだな」
「ふーん」
「あとはお金が貯まったら…」
「それは大切だね」
「それと仕事が見つかったら…」
「うーん、それは難しいね」
確かに真奈の言う通りである。
こんな俺の出来る仕事なんて限られている。
なにか特殊な能力が無い限り・・・
「まぁ、その点は大丈夫なんじゃないの?」
「そうか?」
「両親共働きだから、お金には困らないよ?」
「それはそうだが……いつまでも親のスネをかじるわけにはいかない」
「ふぅ、やれやれぇ〜」
真奈がわざとらしくため息を吐く。
「こういうときは無理しなくていいんだよ」
「………」
「おにいちゃんは雪音さんを守らなくちゃいけないんだから…」
「それはそうだが…」
だが、毎日遊んでいるわけにはいかない。
自分のことぐらいは自分でする。
「おにいちゃんが無理したら、雪音さんが悲しむよ――ね?」
「…う、うん。浩ちゃんには私のために無理してほしくないよ」
「……だがな」
「雪音さんを支えるのがおにいちゃんの仕事、わかった?」
真奈がいつになく強く言う。
「あ、ああ」
俺はその気迫に負けて頷く。
「わかればよろしい」
「………なぁ」
「まだなにかあるのっ!?」
「いえ、ありません」
今の真奈は凶暴だ。
兄である俺が勝てないほどに・・・
「いざとなったら私も助けるからね」
「いや、そこまでしなくても…」
「お願いっ! 私にもやらせて」
そう言う真奈の顔は真剣そのものだった。
「…真奈」
「おにいちゃんと雪音さんは幸せになる権利があるはずだよっ?」
「………」
幸せになる権利――か。
それってなんなんだろうな?
「自分を犠牲にしてまで人を助ける人間なんて、そうそういないよっ」
「…どうだろうな?」
現に俺や雪はそうだった。
「くすん……それで2人は体の一部を失ったんだよ? 誰もが持っているものを」
「まぁ……な」
別に後悔はしていないが・・・
「そんな2人がこれからも人並み以上に頑張らなくちゃいけないなんておかしいよっ!」
「………」
「そんな人生間違っているよっ! 2人は一番幸せになるべきなんだよ」
「…おいおい」
ま、まぁ・・・これからの人生大変だろうな。
人並み以上――そうだろうな。
俺達は人並み以上に頑張らなくてはいけない。
「だから……2人を手伝わせてほしいんだ」
「……真奈」
「理不尽な人生は私が許さないっ、2人は誰よりも幸せで――誰よりも…」
そこまで言って真奈は泣き崩れた。
「うぅ〜〜うっ……うっ……」
「浩ちゃん」
今まで黙っていた雪が声を出す。
「真奈ちゃんの近くに連れて行って」
「わかった」
コツコツ
俺は真奈のすぐ側に行く。
「雪、来たよ」
「うん」
すると雪は真奈に手をのばす――が。
「あ、あれ?」
うまく場所がつかめないらしい。
手をぶんぶん振っているだけである。
「ここだ」
俺は雪の手を掴んで、真奈の頭の上に持っていく。
「あ、ありがとう」
雪は礼を言うと真奈の頭を優しく撫でる。
それは母親が子供を慰めるようにゆっくりと温かく・・・
「くすん……雪音さん」
「ありがとう、私達のことをそこまで想ってくれて」
「そ、そんなこと…」
「ううん、私はとっても嬉しかったよ。浩ちゃんもそうだよね?」
雪が俺にふってくる。
「ああ、もちろんだ」
俺は素直に答える。
「私達のために真奈ちゃんは泣いてくれる。そんな真奈ちゃんにも幸せになる権利があるよ」
「…そんなこと……ない」
「あるよ。人のために涙を流せる人なんて、そうそういないもの」
真奈が言ったように雪も同じように言う。
「わ、私は……うっ…」
「私達にも権利があるなら、真奈ちゃんにも権利はある」
俺は雪の言った言葉を考える。
俺達にあるなら真奈にもある。
それは誰にもあることで無い人はいないと言うことなのだろうか?
それともその権利を勝ち得る人がいるのだろうか?
そう考えると、なんだか難しくなってきたな。
「だから――これからも私達を手伝ってくれる?」
「…えっ?」
真奈が驚きの声を上げる。
俺も驚いた。
流れからすると、そういうことは言わないはずと思ったが・・・
「3人で幸せになろう?」
「…雪音さん」
「ね?」
「うんっうんっ」
真奈は雪の手をギュッと握る。
そういうことか・・・
雪の考えがわかったような気がする。
3人で幸せになろう――か。
いい言葉じゃないか。
雪らしい優しく温かい言葉。
今回のことで雪の新たな一面を見ることができたような気がする。
その雪の一面にさらに惹かれていく自分がいる。
雪――お前は本当に魅力的だな。
雪の魅力にますます引き込まれていく。
そう思う自分を何故だか嬉しく感じる。
俺にとっても真奈にとっても大事な存在。
雪――それは兄妹の支え。
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