第2話『小さな信用』
第2話
『小さな信用』



百合音ちゃんに携帯の番号を教えてから一ヶ月ほど経過。
その間、一度も電話が掛かってきたことはなかった・・・。

「ふぅ、俺って信用されてないのかなぁ〜」

窓の外を眺めながら、気怠い午後の授業を聞き流す。

百合音ちゃんが俺の妹になってから、それなりの時間が経過したのだが、未だにぎこちない。
どこか俺によそよそしくて、怯えている感じにも見える。

そして、何よりも寂しいのは俺のことを何にも呼んでくれないこと。
いつも「あの」とか「その」としか呼んでくれないのだ。
腐っても“兄”としては少し寂しい・・・。

ピロロロロ♪ ピロロロロ♪

「ん?」

ふと気がつくと、いつの間にか俺の携帯が鳴っていた。

『おいっ、広瀬! 今は授業中だから携帯は切っとけ!』

「あ、はい」

そう言って俺は切ろうとしたが、ふと、この携帯の意味を考えた。
俺の携帯の番号を知っているのは家族のみ。
そして連絡が入るのは緊急時のみと家族では決めている・・・。

なら・・・、この電話はもしかして・・・。

ピっ♪

「はい、もしもし?」

『こらっ、喋るんじゃない!』

「すみません。たぶん、急用だと思うので…」

『むぅ……わかった』

教師の了解を得た俺は、再び電話の相手に向かって声をかけた。

『もしもし?』

「はい、どちら様でしょうか?」

電話の相手の声に聞き覚えがなかったので、とりあえず聞き返す。

『私、百合音ちゃんのクラスの担任教師ですけど、
 すみませんが百合音ちゃんを迎えに来てくれませんか?』

「え? はぁ、別に構いませんが…」

『百合音ちゃん、熱をだして倒れてしまったんです』

「そ、それではすぐに迎えに行きますっ!」

『よろしくお願いします』

電話を切ると、俺はすぐさま教室から飛び出そうとしたところ、教師に止められてしまった。

『こ、こらっ! どこに行くんだ?』

「す、すみませんっ。妹が熱をだしたので迎えに行かなくちゃいけないんです!」

『そうか、わかった。俺の方から担任の先生には言ってやるから早く迎えに行ってやれ』

「ありがとうございます」

俺は一礼を述べると大急ぎで教室を飛び出した。

………

「ふぅ、大したことじゃなくて安心したよ」

俺は百合音ちゃんを背負いながら家までの道をゆっくりと歩く。

俺が急いで小学校まで行くと、百合音ちゃんの熱はすっかり引いていた。
だけど、治ったわけではないので安静を第一に連れて帰ることにしたのだ。

「体は大丈夫かい?」

「…うん。もう平気」

少し弱々しい声が背中越しに聞こえてくる。
やはり、その声には無理をしている感じがした。

「油断は禁物だから、今日はゆっくり休もうね?」

「…うん」

「ご飯のことは心配しなくていいよ。これでも俺はちょっとばかし腕に自信があるんだ」

「え? 作れるの??」

驚いたような声をあげる百合音ちゃん。
無理もないだろう、百合音ちゃんが来てから俺は一度も飯を作ったことがないからな。
自慢ではないが、それまでは家事全般は俺ひとりでやっていたのだから、んなもの朝飯前だ。

「俺が信用できない?」

「…ううん。そんなことないよ」

「そうか、よかった」

「…? なにがよかったの?」

「いや、こっちの話」

百合音ちゃんにはそう言ったものの、俺は少し嬉しかった。
少しでも百合音ちゃんが俺を信用してくれたことが胸にちょっと響いた。




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