第3話『開いた心』
第3話
『開いた心』



それはいつものように学校が終わって、家路についているときのこと。
ボーっとしながら歩いていると、俺と同じように帰りであろう百合音ちゃんの後ろ姿を見つけた。

「百合音ちゃ〜ん」

俺はその姿に声をかけるが、どうやら聞こえなかったようだ。
百合音ちゃんは俺の声を気にした様子もなく、ツインテールを揺らしながら横断歩道を渡っていく。

タッタッタッ!

俺はその背中を追うように駆け足気味に近づく。

「百合音ちゃ…」

そしてもう一度、声をかけようとしたところ、俺の視界に一台の車が目に入った。
こともあろうか、その車は赤信号なのに減速せずに突っ込んで来るではないか!!

「百合音ちゃんっ! あぶないっ!!」

俺は咄嗟に叫んだ。
百合音ちゃんは車の存在に気づいていないかのように俺の声に振り返る。

「…え?」

「あぶないっ!」

ダッダッダッダッ!!

「…あ」

車に気づいた百合音ちゃんは横断歩道の真ん中で立ち止まり、硬直してしまった。
それを見た俺はさらにスピードをあげ、百合音ちゃんの元に駆け寄る。

「百合音ちゃんっ!」

俺はバッと飛びつき、百合音ちゃんを胸に抱えるとそのまま向かいの横断歩道に転がり込んだ。
その間、百合音ちゃんは無言で俺の腕の中にいた。

キキキキキキーーーー!!

車の急ブレーキの音と共に目の前に黒いワゴンが止まる。

『あぶねぇーだろうがっ!』

そしてまた、こともあろうか、そんな自分勝手な意見を吐いたのだ。
その言葉に俺はカァーっと頭に血が上り、気づいたらそのドライバーに叫んでいた。

「うるせぇー!! てめぇーこそ殺す気かっ!!」

俺がボカスカ怒鳴っていると、そのドライバーは呆れたように去っていった。

「ふぅ、助かった…」

ホッと一安心した俺は体を起こし、腕の中で小さくなってしまった百合音ちゃんを抱き起こす。

「ケガはないかい?」

「………」

俺の質問に百合音ちゃんはなにも答えなかった。
ただ、可愛らしい目をクリクリと動かしながら俺を見つめる。

「どこか痛むのかい?」

「………ぐす」

「…えっ?」

・・・ギュッ!

ちっちゃな目から涙を零しながら百合音ちゃんが胸にしがみついてきた。
突然のことに俺はどうしてかわからず、百合音ちゃんが泣きやむまで頭を優しく撫でた・・・。

………

「落ち着いたかい?」

「…うん」

落ち着きを取り戻した百合音ちゃんは、今度こそ俺の質問に答えてくれた。

「痛いところはない?」

「…うん」

「そっか、よかった」

「…あの、ありがとう」

ちょっと恥ずかしそうにお礼を述べる百合音ちゃん。
俺はその姿がなんだか嬉しくて、何事もなかったように答えてあげた。

「気にしなくていいよ。百合音ちゃんが無事ならね?」

「………(ぽっ)」

「さて、帰る……いつつ」

帰ろうかとすると、腕に痛みが走る。
何事かと思い、腕を見てみるとさっき転がったときにケガをしたらしい。
制服が見事に破れ、露出した腕から血が流れていた。

「!?……だ、大丈夫?」

「え? あ、ああ」

「ゆ、ゆりねのせいだよね…」

百合音ちゃんはそう言って、今にも泣き出しそうな顔をする。
それを見た俺は取り繕うように言葉を並べた。

「俺が勝手にしたことだから、百合音ちゃんが悪いんじゃないよ」

「で、でも…」

「ああ〜、百合音ちゃんは悪くない! だから泣かないで〜」

「…う、うん」

そこまで言って何とか泣くのだけは止めることに成功した。
俺はホッと胸を撫で下ろす。

「さて、帰って治療をしないとな?」

「…うん。ゆりねがしてあげる」

「ふふ、ありがと」

………

次の日。
俺の制服を見た同級生は面白いのか、ビックリしたのか意味不明な声をあげる。

「広瀬、その制服どうしたんだよ!?」

「これか? これは名誉の負傷だっ」

俺は誇らしく言いながら、破けた腕の部分を見せる。

「なーにが名誉の負傷だ? 転けて破ったんだろう?」

「チッチッチ! 違うんだな〜これが」

「なんだよ?」

「可愛い妹を助けた答えがこれさっ」

「マジかよ〜?」

疑いの眼差しを向けながら言う同級生。
まぁ、別に信じてもらえなくてもいいんだけど・・・。

………

「ふわぁ〜、いい天気ですねぇ〜」

昼休み。
俺はひとりで弁当を食べながら屋上でボーっと空を眺める。
ちなみに、この弁当は百合音ちゃんが作ってくれた。
なにやら昨日のお礼らしく、朝早くから頑張って作ってくれたそうだ。

「ふふ、やっぱり百合音ちゃんだな〜」

卵焼きが甘すぎる。
塩と砂糖を間違えたんだろう・・・。

ピロロロロ♪ ピロロロロ♪

「…ん?」

突然、携帯が鳴った。
この携帯は緊急時にしか鳴らないはず・・・だったら、またなにか!?

ピッ♪

「はい、もしもし?」

『………』

「? もしもし?」

『………』

聞いてみるが相手はなにも答えない。
かけている場所は公衆電話みたいだが・・・もしかして・・・。

「百合音ちゃん?」

『…うん』

やっぱり・・・。
俺の予想通り、相手は百合音ちゃんだった。

「どうしたの? 調子が悪いの?」

『ううん』

「なにかあったの?」

『なにもないよ』

「……?」

なにも悪くない、なにもない・・・だったらなぜ電話が?

「百合音ちゃん、お話があるの?」

『……うん』

「そう、だったら気にしないで言ってごらん」

『……その、ケガは痛くない?』

「ケガ? ああ、もう大丈夫だよ」

血は沢山でたが、傷は思ったより浅くて今ではほとんど塞がってしまった。

『……うん』

「もしかして心配してくれたの?」

『…うん。ゆりねを助けたからケガしちゃったから…』

「ははは、そのことは気にしなくていいよ。俺が勝手にしたことだから」

『ありがとう』

「あ、百合音ちゃんゴメンね? もうすぐ授業が始まるから…」

『…うん。えっと……その…』

急に歯切れが悪くなった百合音ちゃん。
俺はそんな百合音ちゃんを焦らさず、ゆっくり喋るように促す。

「うん。なにかな?」

『あの……頑張ってね、お兄ちゃん』

その言葉を残して電話は切れた。
ただ、俺にとってこの電話はとても嬉しかった・・・。

「やっと、認めてもらえたのかな?」

最後に百合音ちゃんは確かに言った・・・『お兄ちゃん』と。
それは百合音ちゃんにとって俺は“兄”であると認めてもらえたなによりの証拠だった。




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