第5話『同じ境遇』
第5話
『同じ境遇』
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年が明け、季節は春。
俺は大学受験に合格し、百合音ちゃんは中学生になった。
そして百合音ちゃんの入学式のこと。
「百合音ちゃん、緊張しないで」
「う、うん…」
真っ新な制服を着て、幼さが残るツインテールを揺らしながら緊張気味の百合音ちゃん。
俺はそんな百合音ちゃんを中学校の校門前で励ます。
「大丈夫だから、いつもどうりでいいんだよ」
「…ほんとう?」
「ああ、いつもの百合音ちゃんでいいんだ」
「…うんっ」
「いい返事だ。それっ!」
百合音ちゃんの体を180度回転させると、そのまま背中をポンッと軽く押す。
「いってらっしゃい。ちゃんと見てるからね」
「…いってきま〜〜す」
元気に手を振りながら返事をする百合音ちゃんの後ろ姿が、どことなく嬉しく思えた。
前にもあった光景。
それが前と同じではなく、ぎこちなさも無くなり、本当の兄妹みたいに振る舞える。
そんな事実が妙に実感できた。
「さて、思い出に浸ってないで俺も行かないとな」
着慣れないスーツの襟を直し、入学式の会場である体育館に向かった。
………
新入生の挨拶、先輩の挨拶。
今ではそんなものがあったか無かったか思い出せないが、入学式は順調に進んでいる。
「あ〜あ、百合音ちゃんったら……あんなに緊張して」
保護者席からもわかるくらい百合音ちゃんはカチンコチンになっていた。
本人はあれでも自分らしく振る舞っているのだろうが、誰が見ても緊張しまくっているのはバレバレ。
「それにしても、親父はともかく母さんは来ればよかったの…」
百合音ちゃんの本当に母親なんだから、娘の姿を見に来るぐらいは当たり前じゃないか。
まぁ、仕事だから文句は言えないんだけど・・・これじゃぁ・・・。
「ふぅ、俺で代わりが務まればいいんだけど…」
………
入学式はあのまま順調に進み、終わりを迎えた。
空が茜色に染まる頃。
俺は百合音ちゃんを待つため、ひとり寂しく校門の前で立ちつくしていた。
「なんだか父親になった気分だ…」
気分は複雑だった。
親の代理で出席したのだが、これでは完全に俺が親ではないか。
くいくい・・・。
「ん? あ、百合音ちゃん」
考え込んでいたのか、いつの間にか側にいた百合音ちゃんが俺の袖を引っ張っている。
「お兄ちゃん……待っててくれたの?」
「ああ、そうだよ。一緒に帰ろうか?」
「うんっ」
俺達は兄妹仲睦まじく、手を繋ぎながら帰路に着いた。
………
「百合音ちゃん、今日はどうだった?」
百合音ちゃんの速度に合わし、今日の感想を尋ねる。
すると俺の方を上目遣いで見ながら、さも緊張したと言わんばかりの表情をした。
「ははは、その顔を見るとかなり緊張したみたいだね?」
「……うん。すっごく緊張した」
「そっか、それもいい経験だよ」
「百合音はよくなかったよ…」
今にも泣きそうな顔をしながら百合音ちゃんは呟く。
俺は目尻に溜まっている涙をハンカチで優しく拭いながら、励ます感じで言った。
「ほらほら、百合音ちゃんも大人に一歩近づいたんだ。
だから泣かないで…、百合音ちゃんには笑顔が一番似合うから」
「…お兄ちゃん」
「こんな俺じゃぁ、お母さんの代わりは務まらないかもしれないけど、いつでも側にいてあげるよ」
「…ぐす、お兄……ちゃん」
百合音ちゃんの目から再び涙が溢れ、俺は視線を合わすように体を屈めてその涙を拭う。
「泣かないで…、百合音ちゃん」
本当はすごく寂しいのだろう・・・。
まだこんな幼いのに、甘えたい年頃なのに母親はいつも働いて側にいない。
それは俺も同じだった。
俺も幼い頃は、親父はいつも働いていて俺ひとりで晩飯を食べた日も多かった。
そんな俺だからこそ、今の百合音ちゃんの気持ちがわかる。
だから俺は保護者の代わりをかってでた。
百合音ちゃんの寂しさがわかるから・・・。
「ほらほら、可愛い顔が台無しだ…」
俺は何度も涙を拭うが、百合音ちゃんの涙は止まることなく溢れる。
「お、お兄ちゃん……う……ぐす」
「百合音ちゃん……おいで…」
そんな百合音ちゃんに俺は手を広げて見せた。
百合音ちゃんが求めるもの、欲しいもの・・・それらがなんとなくわかるから。
「う……お兄ちゃ〜〜ん」
百合音ちゃんの小さな体が飛び込んできて、細い腕が俺の首にまわされる。
それに応えるように俺は優しく百合音ちゃんの体を抱きすくめた。
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