第6話『ふたりの誕生日』
第6話
『ふたりの誕生日』



今日は百合音ちゃんの誕生日。

俺は義母からそのことを聞き、兼ねてから考えていた。
なにせ、今まで彼女がいた試しがない俺にとって“誕生日プレゼント”は思考の領域を超えていた。

「う〜〜〜ん、これでいっか」

悩んだあげくに出た答えは、ありきたりなもので落ち着いた。

………

夕食後。
俺と百合音ちゃんは一緒に食器を洗っていた。

カチャカチャカチャ・・・。

「らららんら〜ん♪」

隣で鼻歌を歌いながら洗い物をする百合音ちゃん。
そんな彼女に合わせるかのようにツインテールも楽しそうに揺れる。

「………」

俺は手を休め、ポケットから2つのリボンを取り出すと、ゆっくりと百合音ちゃんの後ろに立った。
それに気づいた百合音ちゃんを後ろに振り向かせないように優しく頭を固定する。

「じっとして…」

「う、うん」

少し緊張気味の百合音ちゃんの頭に手を伸ばすと、
ツインテールの結び目にあるゴムバンドの上から2つのリボンを巻いていった。

「はい、もういいよ」

「…うん。これなーに?」

百合音ちゃんは気になるのか、結び目をペタペタと触りだす。

「鏡を見てごらん」

「うん」

パタパタと可愛い音を立てながら、鏡のある洗面台に向かう百合音ちゃん。
そして、嬉しそうな顔をしながら走って戻ってきた。

「お兄ちゃん〜、リボン〜」

「ああ、誕生日おめでとう」

「…! お、お兄ちゃん……百合音の誕生日知ってたんだ?」

「…まぁね」

「あ、ありがとう……とっても嬉しい」

がばっ!

言葉では表現しきれず、抱きついてきてまで喜びを表す百合音ちゃん。

「ははは、ケーキも買ってきてあるから、後で食べようね?」

「うんっ♪」

こうして百合音ちゃんの誕生日は幕を閉じた。
俺としてはプレゼントが喜んでもらえたのがなにより嬉しかった。

………

そして今度は自分の誕生日。
俺は百合音ちゃんは絶対知らないだろうと思い、別に言いもしなかった。
変に気を遣わしたくない、というのも理由のひとつである。

「ふわぁ〜〜、明日も早いし寝るかねぇ〜」

夜の更けた頃、俺は明日に向けて床に就こうとしたとき・・・。

コンコン・・・。

ドアをノックする音が聞こえた。

「百合音ちゃんかい?」

『……うん』

「入ってきていいよ」

俺がそう言うと、ガチャッと音がしてパジャマ姿の百合音ちゃんが姿を現した。
その頭にプレゼントしたリボンが巻かれているのは嬉しい限りである。

「なにかな?」

「うん、あのね……その…」

「うん?」

「お、お誕生日おめでとう…」

そう言って百合音ちゃんが小さな包みを差し出す。
俺はそれを受け取り、百合音ちゃんの頭を優しく撫でた。

「ありがとう。俺の誕生日、知っていたんだね?」

「…うん。お父さんから聞いたの」

「そっか」

「それでね、お兄ちゃんへのプレゼントがわかんなくて聞いたの」

「………」

あの親父に聞いたのか?
だったら、この包みの中はなにが入っているのやら・・・。

「開けてみてくれる?」

「…わかった」

覚悟を決め、包みを開けるとそこには普通のハンカチが入っていた。
そのあまりの意外さに拍子抜けした俺は、思わず笑みを零してしまった。

「ははは」

「…ダメだったの?」

「いや、ありがたく受けとっとくよ」

「…うんっ」

親父のヤツ、娘には甘いんだな。
俺には変なこと教えたり、嘘を吐きまくっていたくせに・・・。

「百合音ちゃんには世話になりっぱなしだな…」

「そ、そんなことないよ? 百合音の方こそ…」

「お礼に百合音ちゃんのお願いをひとつだけ聞いてあげる」

「…お、お兄ちゃん」

「ただし、俺ができること限定ね?」

言葉では否定しながらも、顔はどこか嬉しそうにする百合音ちゃん。
俺の強い押しに、顔を赤く染めながらこんなお願いをしてきたのだった。

「百合音と……一緒に寝てくれる?」

「え? 俺はいいけど…」

なんだか、それってヤバくないか?
俺達は仮にも兄妹だけど、年齢が年齢だしなぁ・・・。
でも、百合音ちゃんのお願いだし・・・ううむ〜。

「いつもひとりで寂しいの。だから、今日だけ一緒に寝ていい?」

「……わかった。今日はずっと側にいてあげるよ」

「うんっ!(ぽっ)」

満面の笑みを浮かべながら頷く百合音ちゃんの顔がポッと赤く染まった。

「さ、夜も遅いし寝ようか?」

「う、うん」

百合音ちゃんのお願いの真の意味を知った俺は納得がいった。
俺にも何度もそんなことがあった・・・だが、自分には側にいてくれる人はいなかった。
そんな寂しさがわかるから、俺は側にいてあげようと思う。
俺みたいな思いはさせたくないから・・・。

モゾモゾ・・・。

「百合音ちゃん、もっと側においで」

「…うん」

控え気味の百合音ちゃんに、側に来るように言うのだが、
ベッドの中でモゾモゾと動くだけで、こちらに来る気配はなかった。

「ゆ・り・ね・ちゃんっ」

「…きゃっ」

俺は百合音ちゃんの方に向きを変えると、少し離れている小さな少女を自分の胸に抱き入れた。

「こうされると安心するだろ?」

「お、お兄ちゃん……うん」

「俺も……ずっとこうされたかった…」

自分のときのことを思い出し、どこか寂しい気持ちが広がる。
そんな寂しさをかき消すように俺は百合音ちゃんを抱きしめる手に力を込めた。

「…あったかい」

「そっか」

「百合音がいるから…」

「え?」

「百合音がお兄ちゃんの側にいるから…」

小さいながらも相手の心を見透かしたかのような百合音ちゃん。
そんな百合音ちゃんの言葉に心が少し打たれた。

「百合音ちゃんは優しいね」

「…お兄ちゃんだから」

「………」

百合音ちゃんの答えに俺は無言で頭を撫でた。
言葉はいらない、何も言わなくても百合音ちゃんはわかってくれるから。

「…おやすみ」

最後にそれだけを交わし、初めて感じる安息に包まれながら眠りについた。

そして次の日。
早起きの百合音ちゃんに“男の朝の生理現象”を説明するのに奮闘したのだった・・・。




トップへ戻る 第7話へ