第7話『心の涙(前)』
第7話
『心の涙(前)』



晴れ晴れして清々しい日曜日。
こんな日はまさに運動会日和である。

んで、今日はそのまさかの百合音ちゃんの中学校の運動会。

「百合音ちゃん、見に行くから頑張ってね」

「うぅ、百合音は運動が苦手だから嫌だよ…」

どうやら百合音ちゃんは運動会が苦手のようだ。
俺の場合は運動は得意な方だったので嫌いではなかったのだが・・・。

「ほらほら、遅刻するよ?」

時間があまりないことに気づいた俺は百合音ちゃんを促す。
だが、百合音ちゃんの重たい足はいっこうに動きだす気配はなかった。

「お昼には特製の弁当を作っていくから、一緒に食べようね?」

「…ほんとう?」

「ああ、だから楽しみに待っててね」

「うんっ♪ じゃぁ、百合音は行って来るね〜」

「いってらっしゃい」

こうして百合音ちゃんは元気に家を出発したのだった・・・。

………

ドンドン! ドーン!

豪快な花火の音と共に、次々と競技が繰り広げられていく。
そんな中、なんとかいい席を取れた俺はゴザをひいてその上に座る。

「懐かしいなぁ〜」

体操服姿の生徒達を見ていると自分のときのことを思い出した。
運動会はあのときからなにも変わらず、まったく同じ光景を繰り広げる。

「えぇ〜、百合音ちゃんはどこかな〜?」

とりあえず感傷に浸るのはおいといて、百合音ちゃんを捜すことに専念する。

今行われているのは運動会名物“玉入れ大会”。
ありきたりだが、これがなければ運動会は成り立たないと言っても過言ではない。

「百合音ちゃんの学年だから……、お? あれかな…?」

あるクラスの中に少し鈍くさい女の子を見つけた。
玉を投げるのはいいが、それが自分の頭に落ちてきて落下場所をさすっている。
そうかと思えば、他の生徒の玉を顔面に食らってベソをかいている。

極めつけは百合音ちゃんのトレードマークである“ツインテール”!
それがなによりの証拠である。

「……本当に運動が苦手なんだな」

朝、百合音ちゃんが運動会を嫌がっていた訳がやっとわかった気がする・・・。

………

昼の休憩。
この時間は家族と食事をしてもいい時間だ。

「はい、頑張って作ってきたよ」

「わぁ〜〜」

ゴザの上に弁当を広げると、百合音ちゃんが歓喜の声を上げた。
それも当然、今日は腕によりをかけて作ったから豪華絢爛なのだー!!

「お兄ちゃんって、本当にすごいんだね?」

「まぁね、おせち料理も作れるよ」

「こ、今度……百合音に教えてね?」

「ああ、年末は一緒に作ろうか?」

「うんっ」

百合音ちゃんは満面の笑みを浮かべながら料理に箸をのばす。
それに続いて俺も箸をのばした。

「わぁ、おいしい〜」

「うん、我ながら悪くない」

「料理が上手で、運動が得意で……お兄ちゃんって格好いいなぁ♪」

「ははは、それは言い過ぎだよ」

「ううん、そんなことないよ。
 百合音、お兄ちゃんの恋人さんになりたいなぁ〜」

百合音ちゃんの突然の告白に一瞬驚いたが、俺は単なる“兄”として慕っていると理解する。
よくある年上に憧れるのと同じで、自分にもそういうときがあったと思い出した。

「百合音ちゃんが大きくなったら、俺の彼女になってくれるかい?」

「うん、お兄ちゃんの恋人さんになる」

そんな微笑ましい兄弟の会話をしているとき、ふと、視界の中に寂しそうな女の子を見つけた。

「百合音ちゃん、あの子……知っているかい?」

「うん?………あ、三奈子ちゃん」

「ひとりで寂しそうだね…、家族はいないのかな?」

運動場の片隅でひとり寂しく座っている姿が、俺には何故だか放っておけなかった。

「百合音ちゃん、知り合いなら一緒に食べないか?」

「うん…、わかった」

一つ返事をすると、百合音ちゃんはパタパタと音を鳴らしながら女の子の元へ向かった。

あの子の姿が昔の自分と重なる。
忘れていた記憶、思い出したくない気持ち。
俺にはあの子の姿はあまりにも痛々しくて、無視できないほど辛そうに見える。
それは俺と同じだから・・・、運動場の片隅でひとり寂しく昼飯を食っていたあの頃。
あんな思いはもうたくさんだ・・・。

「…あの、お兄ちゃん?」

「…ん? ああ、おかえり」

いつの間にか帰ってきた百合音ちゃんに軽く手を振る。
そして百合音ちゃんの隣にはあの女の子。
身近で見ると百合音ちゃんより一層大人しそうな感じだった。

「初めまして、百合音ちゃんの兄です」

「…は、はじめまして。槙原 三奈子(まきはら みなこ)です」

「うん。変なこと聞くけど、百合音ちゃんとはお友達かな?」

「は、はい」

「そっか、百合音ちゃんをよろしくね」

「こ、こちらこそ…」

百合音ちゃんの説明によると、同じクラスの友達で一番の仲良し。
勉強がよくできて成績がよく、いつも勉強を教えてもらっているらしい。

三奈子ちゃんの家庭は両親が店を経営しているらしく、休日は稼ぎ時で来られないらしい。
小学校のときからずっとそうで、本人は慣れているというのだが・・・。

「さぁ、みんなで食べた方が楽しいよ〜」

「うん、そうだね」

「あ……はい」

「三奈子ちゃん、遠慮はしなくていいからね?」

「は、はい」

そんなこんなで2人から3人での食事に変わった。
それぞれ自分の好きなおかずに箸をのばしていく。

「あ、おいしい…」

「そう? 三奈子ちゃんの口に合ってよかったよ」

「えっ? お兄さんが作ったんですか?」

「…ふふっ」

思わず吹き出してしまった。
三奈子ちゃんが料理に驚いたことより、お兄さんと呼ばれたことに度肝を抜かれた。

「お兄さんか…」

「あ、すみません。“お兄さん”だなんて失礼ですよね…」

「いや、俺は構わないよ。三奈子ちゃんさえよければね?」

「……いいんですか?」

「うん。それと気を遣わなくていいから」

「…はい、お兄さんっ♪」

嬉しそうに答える三奈子ちゃんの目尻に光るものが見えた。
それは言葉とは裏腹に、本当の心を表しているものだと俺は確信した。




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