第8話『心の涙(後)』
第8話
『心の涙(後)』
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運動会も後半。
いろいろと目白押しの競技が繰り広げられる。
「借り物競走かぁ〜」
今の競技は、またまた運動会名物“借り物競走”。
やはり、これがなくては運動会は始まらない・・・。
「お? 百合音ちゃんが走っている……、なにを借りるのかな?」
指令が書いてある紙を見た百合音ちゃんは、一目散にこっちに走ってきた。
タッタッタッタ・・・。
「はぁ…はぁ…」
「どうしたの?」
「お兄ちゃん……はぁ……、一緒に来て」
「わかった」
とりあえず百合音ちゃんを落ち着かせ、それから言われたとおりについていった。
………。
パーン!
『ゴ〜〜ル!!』
はれて百合音ちゃんのクラスが一等賞!
ちなみに、百合音ちゃんの指令は“家族”だったそうだ・・・。
『次の競技は、家族対抗二人三脚〜』
そんなアナウンサーが流れ、次の競技の準備がされていく。
「次の競技って、三奈子ちゃんが出るんだよね?」
「う、うん…」
百合音ちゃんの言葉に俺は耳を疑った。
家族が来ていない三奈子ちゃんはどうやって参加するんだ?
「でも、三奈子ちゃん……どうするの?」
「……どうしよう?」
「………」
俺は言葉が出なかった。
これじゃぁ・・・俺と同じじゃないかっ!?
家族ぐるみの競技が嫌で、運動会から逃げ出したあの頃。
そんな思いは・・・させないっ!
「よーし! ここはお兄さんが一緒に出てあげようっ!」
「いいんですか?」
「おうっ!」
「お兄ちゃんっ、ありがとう〜」
嬉しさのあまり、飛びついてくる百合音ちゃん。
自分の友達のことなのに、そこまで喜ぶ彼女が少し大きく見えた。
………
「…と、これでOK」
俺と三奈子ちゃんの片足を紐で結ぶと、俺はすくっと立ち上がる。
隣には俺より遙かに小さい三奈子ちゃんの姿。
それでも百合音ちゃんよりは身長が高いみたいだ。
「俺達の出番は最後だね」
「はい」
俺と三奈子ちゃんコンビが最後の走者。
それはすなわち、責任重大ってことだ・・・。
「頑張ろうね」
「はいっ」
「あっ? 広瀬じゃないかー!」
「…うん?」
ふと、横を見るとライバルクラスの中に高校のときの同級生を見つけた。
「あれ? お前もいたんだ?」
「ばかやろー! オヤジが参加するはずだったのに、急にボイコットしたから渋々俺が出たんだ」
「そうか、それは光栄だな」
「どこがだっ!!」
「兄ちゃんっ、怒鳴ると耳に響く〜」
同級生の弟が兄に非難の声を上げる。
俺はそのコントをひと笑いしてやった。
「ははは、将来は“兄弟お笑い芸人”か?」
「相変わらずなにを言ってるんだか……って、その子がお前の妹さん?」
「い、いえ……私は…」
「今は理由があって、この子のお兄さんになっているんだ」
「なんだかよくわからないが、妹さんじゃないんだな?」
「そうだけど、そうじゃない…」
「えぇーい! よくわからん」
同級生の脳の許容範囲を上回ってしまったようだ。
頭を抱えながら半分苦しんでいるように見える。
「まぁ、俺とお前はライバルだから、そこんとこよろしく」
「へっ! 俺達兄弟に勝てると思うなよ?」
最後にそれだけを交わし、俺は三奈子ちゃんに視線を戻す。
「俺達も負けてられないね」
「ふふふ、はい」
「うしっ」
かけ声をかけ、服の袖をめくる。
するとそれを見ていた三奈子ちゃんが疑問を投げかけてきた。
「その腕の痕はなんですか?」
「ん? これはね…」
俺は『百合音ちゃんには内緒だよ』と口止めをし、あのときにできた傷痕を話す。
「去年、百合音ちゃんが車に轢かれそうになったのを助けたときにできた傷痕なんだ。
傷は次の日にはほとんど治っていたんだけど、痕だけがどうしても消えなくてね」
「………」
「こうして残っているんだ。
ただ、俺にはちょっとした勲章でね……誇りにしているんだよ」
「百合音ちゃんって、お兄さんに大事にされているんですね?」
三奈子ちゃんの言葉に俺は微笑む。
「可愛い妹だからね」
「それだけですか? 私にはそれ以上の感情があるような気がします」
「うーん、どうだろう?
確かに百合音ちゃんは可愛いと思っているけど、やっぱり俺としては妹だよ」
「…そうですよね?」
俺の答えに何故だか嬉しそうにする三奈子ちゃん。
正直、自分の答えに自分が疑問を感じていた。
考えたことはなかったが、俺と百合音ちゃんは義兄妹。
付き合うことも結婚することもできるのだ・・・って、百合音ちゃんは妹だよなぁ。
「っと、話し込んでいる場合じゃないよ? もうすぐ俺達の番だ」
「…え? あ、はい」
こちらに向かっている親子からタスキを受け取り、俺達の番が始まった。
「三奈子ちゃん、焦らずゆっくりと行こう」
「はい」
いち、にい、さん・・・ゆっくりと転けないように進んでいく。
このテのレースではゆっくりと行くより、転けた方が結果として遅いのだ。
「お兄さんっ、抜かれますよ?」
「大丈夫、大丈夫」
焦りは禁物。
俺達はトップを走っているから、相手はかなり急いで追いついてきたのだろう。
そのうち転けるぞ・・・。
「広瀬っ! 俺達兄弟の力を見たかー!?」
「………」
「驚きのあまり、声も出ないか〜?」
「……若いなぁ」
俺はキザっぽく同級生に呟く。
「焦ると事は仕損じる…」
「へっ、なにを言って……うわぁ?」
どでーーん!
豪快な音を立てて同級生兄妹が転んだ。
「ふっ、正義は必ず勝つ」
「私たちは正義なんですか?」
「ノリだよノリ」
「あぁ、ふふっ」
つっこむ三奈子ちゃんを軽く交わし、俺達は余裕のゴールを決めた。
………
運動会も終わり、その帰りのこと。
百合音ちゃんと三奈子ちゃんを含む3人で帰ることになった。
「運動会、どうだった?」
「うん、お兄ちゃんのおかげで楽しかったよ」
「それはよかった。俺も来た甲斐があるよ」
「私も……楽しかったです」
「そっか」
2人とも楽しかったようなので、結果は良好。
朝、家を出るときは嫌がっていた百合音ちゃんが喜んでくれたのがなにより嬉しかった。
「ありがとう、百合音ちゃん……お兄さん」
「ううん、百合音はなにもしてないよ。全部お兄ちゃんが…」
「いや、百合音ちゃんも立派に役に立ったよ。
三奈子ちゃんの友達である百合音ちゃんが、三奈子ちゃんを喜ばせたんだよ?」
「お、お兄ちゃん…」
百合音ちゃんは顔を赤く染め、すっかり俯いてしまった。
俺はそんな姿に笑みを零し、胸の中が温かくなっている自分に気づく。
「三奈子ちゃん、これからも百合音ちゃんをよろしくね」
「こちらこそ、お兄さん」
「うん……あ、どうしたの?」
ポロポロと涙を流す三奈子ちゃんに俺は優しく声をかける。
「あれ? 悲しくないのに涙が…」
「三奈子ちゃん、今とっても嬉しい?」
「は、はい」
「それは嬉し涙だよ」
「これが…、嬉し涙…」
三奈子ちゃんは自分の涙を手ですくい、じっとそれを見つめる。
そんな彼女の頭を俺は優しく撫でた。
「……お、お兄さん?」
「よかったね」
「…はいっ」
俺と同じ状況で、俺と正反対の答えを導き出せた三奈子ちゃん。
他人のことなのに、自分の事のように嬉しかった。
「お、お兄ちゃん…。ゆ、百合音にも…」
「はいはい、わかったよ」
なでなで♪
「えへっ、嬉しい」
百合音ちゃんのちょっとした嫉妬。
それは俺が百合音ちゃんにとって“大きな存在”として認められている証拠。
腕の傷痕と嫉妬――。
俺は百合音ちゃんの家族になれている証拠……かな?
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