第9話『実りの文化祭』
第9話
『実りの文化祭』
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今日は文化祭。
楽器をかき鳴らし、体育館外にまで洩れるほどのボリュームのコンサート。
自分たちで衣装まで作り、プロ顔負けのもてなしをする喫茶店。
各自で意味不明な物を創作し、それを売りつける悪徳商法まがいの商店。
大学の文化祭はいろんな意味で賑わっている。
「百合音ちゃ〜ん」
校門の前に寂しそうに佇んでいる百合音ちゃんを急ぎ足で迎えに行く。
それは昨日のこと。
百合音ちゃんに大学の文化祭のことを話すと、突然行きたいと言い出した。
俺はそれを快く承諾し、校門で待ち合わせと言うことに決めた・・・。
「あ、お兄ちゃんっ」
こちらに気づいた百合音ちゃんが大きく手を振る。
たぶん、俺に知らせるように大振りに振っているのだろう・・・。
「ごめんね? ちょっと用事で遅れちゃってさ…」
「ううん。百合音の無理なお願いだったからいいの」
「そう? ありがと」
可愛くおめかしをし、トレードマークのツインテールを揺らす百合音ちゃん。
俺は小さな彼女の手を取り、文化祭へと繰り出した。
………
「さて、どこに行こうか?」
とりあえず一通り見終わった後に俺は訪ねる。
どこに入るにもお金がかかるので、バカスカ勝手に入ることは出来ないのだ。
「うーん、よくわかんない」
「そう? じゃぁ、とりあえず飲み物でも飲もうか?」
「うんっ、百合音、喉がカラカラ〜」
乾きを訴える百合音ちゃんを連れて喫茶店に向かう。
すると、そこは友達がいるクラスの店だった。
「いらっしゃいませぇ〜……って、広瀬くんじゃない!」
「彩乃さん、こんちは」
「あらあら、可愛い彼女を連れているわねぇ〜」
「は、はじめまして…」
初対面の彩乃さんに百合音ちゃんは体をガチガチにさせながら挨拶をした。
その姿を見て彩乃さんがクスクス笑う。
「俺の妹の百合音ちゃん」
「へぇ〜、広瀬くんの妹か…。
私は橘 彩乃(たちばな あやの)、よろしくね♪」
「こ、こちらこそよろしくお願いします…」
「ふふっ、そんなに緊張しないで。
私と広瀬くんはクラスは違うけど、同じ学年で仲良しさんなの」
「………」
「でもね、ただの仲良しで恋人同士ではないから安心してね?」
彩乃さんは百合音ちゃんに言い聞かせるようにしてそう言った。
おいおい、彩乃さんてば何を言ってるんだよ・・・。
――って、百合音ちゃんもどうしてそこでホッと安心するんだ?
「立ち話も何だから、席に案内するわね」
「頼むよ」
「はい♪ 2名様ご案内〜」
彩乃さんに勧められて座った席は、窓側で一番の特等席だった。
「いい席だね〜」
「そりゃぁ、広瀬くんだからサービスしないと……ね☆」
「誤解されるような言い方はよしてくれ」
彩乃さんは俺によくしてくれるが、それには訳がある。
それは、彩乃さんが好きな男が俺の友達だからだ。
そいつとは結構仲がいいので、彩乃さんはそれを利用しようと考えているらしい・・・。
「ご注文は?」
「俺はコーヒー、百合音ちゃんは?」
「…むぅ」
百合音ちゃんはなにやらご立腹の様子。
恨めしそうな目で俺を睨みつけている・・・。
「そんな怖い顔しないで…、可愛い顔が台無しだよ?」
「……うん。ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいよ。それより百合音ちゃんは何飲む?」
「……メロンソーダ」
「…だそうだ。以上で頼むよ」
「はい、ごゆっくりどうぞ〜」
彩乃さんは微笑み、去り際に『よっ、妹殺し!』などと言って耳打ちしてきた。
男性から人気が高く、同姓にも人気がある彩乃さん。
美人顔に似合わず、気さくでサバサバとした性格――まさに大学一の人気者である。
だが、そんな彩乃さんに全く関心を示さない俺の友達。
まぁ、俺も同じなのだが、そんな友人を彩乃さんが好きになってしまったのだ・・・。
「彩乃さんにも困ったものだなぁ…」
「……むぅ」
「だ、だから百合音ちゃん。そんなに怖い顔でしないで…」
さっきからそうなのだが、なぜか百合音ちゃんの機嫌が悪い。
特に彩乃さんが現れてからのような気がするのだが・・・?
「どうして怖い顔するの?」
「………」
「怒ってないから言ってごらん?」
「……お兄ちゃん、橘さんと仲良しなの」
「まぁ、友達だからね」
「……ぅぅ」
小さくうなり声をあげる百合音ちゃん。
まさか・・・これって・・・。
「百合音ちゃん、もしかしてヤキモチ焼いているの?」
「そ、そんなこと……ないよ」
「じゃぁ、俺は彩乃さんと話してこようっと…」
俺は席を立ち、彩乃さんのところに行く素振りを見せると・・・。
「!? お、お兄ちゃんっ」
百合音ちゃんは今にも泣きそうな顔で俺の服を掴んできた。
俺は内心、少しやり過ぎたと後悔し、優しく言葉をかけてあげた。
「冗談だよ。俺が百合音ちゃんを放っておくわけないだろ?」
「……くすん」
「百合音ちゃんの側にいてあげるって言葉、忘れたかい?」
「ううん、おぼえているよ」
首を左右に大きく振り、ツインテールをぷるぷると揺らす。
「だから俺は百合音ちゃんと一緒にいる」
「お兄ちゃん…」
「お取り込みのところ、申し訳ありませ〜〜ん。
ご注文のコーヒーとメロンソーダでございま〜〜す!」
「うわっ! い、いつの間に!?」
驚く俺と百合音ちゃんを知った様子もなく、彩乃さんは手際よく飲み物を置いていく。
「妹さんには優しいのね」
「聞いていたのか?」
「そりゃもう、全部」
「………」
俺は少し死にたくなった。
めちゃくちゃ恥ずかしいったらありゃしない・・・。
「……むぅ」
その上、百合音ちゃんがヤキモチで俺を睨んでくる。
俺はやけくそで彩乃さんを睨んでやった。
「……ぶぅ」
「広瀬くんったら、そんな怖い顔で睨まないでよ?」
「…ぶぅぶぅ」
「わ、私が悪かったってば」
「…わかればよろしい」
「ふぅ、私はもう行くわ。ここにいたら危険だもの」
人を危険人物のように言い捨てて彩乃さんは去っていった。
しかし、百合音ちゃんは俺を睨みつけていたままだ。
「ほらほら、いつもの可愛い顔を見せてよ」
「…う、うん」
怖い顔がいつの間にか消え去り、そのかわりに赤く染まった表情をする百合音ちゃん。
やっぱ、百合音ちゃんはこうでなくっちゃな。
「さぁーて、次はどこに行こうか?」
「お兄ちゃんに任せる〜」
「よーし、じゃぁ…」
そして俺は百合音ちゃんを連れて、いろんな出し物を見て回った。
終始、喜んだり、驚いたりと様々な表情を見せる百合音ちゃんに俺は胸が躍った。
百合音ちゃんの沢山の顔を開いた文化祭。
俺にとっては、とても収穫の多いイベントとなった・・・。
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