第10話『安らぎ』
第10話
『安らぎ』
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それはある日のこと。
「ぶえっくしょんっ!!」
豪快なクシャミをすると、すぐ側にあるティッシュを取って鼻をかむ。
「うぃ〜〜、完全に風邪だぁ〜」
日頃の行いが悪いせいか、ダウンしてしまうほどの熱を出してしまった。
なんとかは風邪ひかないって言うのは嘘だな・・・。
・・・ガチャッ。
ドアが開く音と共に制服姿の百合音ちゃんが入ってきた。
その手には俺に渡す物であろう、お盆の上に風邪薬とコップが乗っている。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うぅー、大丈夫じゃないかも〜」
「百合音心配だよ…」
コトンと机に盆を乗せながら百合音ちゃんが言う。
そしてベッドの方に歩いてくると、のぞき込むようにして目を合わせてくる。
「ひとりで寂しくない?」
「ああ、慣れているから大丈夫」
「そんなこと言われると……なんだか悲しいよ」
「ごめん…。でも、本当に大丈夫だよ。
今の俺には帰ってきてくれる人がいるから・・・」
「うん。学校が終わったらすぐに帰ってくるね」
百合音ちゃんはパッと明るく微笑み、元気を与えるような笑顔を向ける。
それにつられて自分も笑った。
「ははは、しっかり勉強してくるんだよ?」
「うんっ♪ いってきます……チュッ☆」
俺の頬に軽くキスをし、顔を赤く染めながら目を合わせないようにして百合音ちゃんは部屋を出ていった。
「表現がストレートだなぁ〜」
百合音ちゃんにキスをされた場所が少し温かい。
机にある風邪薬を飲み、温かい気持ちに包まれながら一眠りすることにした・・・。
………
「……うん?」
ふと、目が覚めると、時計の針はお昼を指していた。
俺は重い体を起こし、飯を食うために台所に向かう。
「……お? 料理が置いてある」
台所にある机の上には料理と一切れの紙が置いてあった。
紙に気づいた俺はそれを手に取り読んでみる。
『お昼は作っておいたので、食べてください。――百合音より』
「いい子だな〜」
ジーンと心をふるわせながら百合音ちゃんが作った料理を味わう。
それはいつもの百合音ちゃんを感じさせる味だった。
「百合音ちゃんったら、また塩と砂糖を間違えてる」
昔からそうなのだが、百合音ちゃんの卵焼きはすごく甘いのだ。
本人もその間違いに気づいているみたいけど、未だに間違ってしまうらしい。
まぁ、そこが百合音ちゃんの可愛いところでもある。
「俺には……出来過ぎた妹だよ…」
しんみりしながら呟く。
正直、百合音ちゃんは可愛くて優しくて申し分のないくらいの女の子。
そんな子が俺を慕ってくれる。
俺みたいな家事しかできない女みたいな男を、百合音ちゃんは慕っているのだ。
「やめやめ、いじけてないで寝よ」
真面目腐っても仕方ないし、百合音ちゃんは俺の妹だから俺は兄として努めれば問題ない。
いつか、百合音ちゃんに似合う男が現れればそれで万事OKだ。
「百合音ちゃんもいつかは結婚するのか…。
俺としてはなんだか少し寂しいなぁ〜〜…………………ぐぅ」
そして俺は台所で深い闇に飲み込まれていった・・・。
………
「……お兄ちゃん」
「……ん?」
目を開けると、そこには百合音ちゃんと三奈子ちゃんの姿があった。
俺は今の状況が把握できず、辺りを見渡す。
「俺……なにしてんだ?」
「お兄ちゃん、熱があるんでしょ? だったらベッドで寝てないと…」
百合音ちゃんの言葉に記憶が蘇る。
俺は昼飯を食った後、そのままテーブルで寝てしまったんだ・・・。
「ありがとう、百合音ちゃん。まだ少し怠いから寝てくるよ…。
それと、お昼ありがとう……おいしかったよ」
「…う、うん」
俺は重い体を椅子から起こすと、少し足下がふらついた。
それに気づいた三奈子ちゃんが慌てて俺を支えようとする。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「……ああ。三奈子ちゃん、ありがとう」
「…あっ!」
三奈子ちゃんにお礼を言った俺は、何故だかその後、急に体が崩れる。
そしてそのまま三奈子ちゃんを巻き込んで倒れ込んでしまった。
「お、お兄ちゃんっ! 三奈子ちゃんっ!」
上の方から百合音ちゃんの声が聞こえる。
俺は無理矢理自分の体を起こそうとするが、思うように動かない。
「三奈子ちゃん、大丈夫かい?」
「は、はい……あっ?」
「…ん?」
目の前にある三奈子ちゃんの顔が赤く染まる。
その理由は今の状態にあるのだが、自分の体が動かない以上、どうすることもできない。
「ごめんね? ちょっと体が動かなくて…」
「いいんです……そのままで…」
・・・チュッ。
さりげなく俺の頬にキスをすると、三奈子ちゃんはそっぽを向いてしまった。
「お兄ちゃん〜〜しっかりしてぇ〜」
百合音ちゃんに体を引っ張られ、我に返る。
「百合音ちゃん……ありがとう」
なんとか百合音ちゃんに引っ張ってもらって起きあがることができた。
起きあがった俺は三奈子ちゃんの顔を見る。
「お兄さん……早く元気になってくださいね」
「ああ、ありがとう」
「それじゃぁ、私は帰ります」
「元気でね」
「…はいっ」
三奈子ちゃんが帰り、俺も自分の部屋に戻って安静にすることにした。
そして夜。
彩乃さんが突然現れて、百合音ちゃんが膨れっ面になったのは言うまでもない・・・か?
………
そして次の日。
自分は元気になったのだが、今度は百合音ちゃんが熱を出して寝込んでしまった。
「俺の風邪がうつったのかな?」
ベッドをのぞくと、恥ずかしいのか百合音ちゃんは毛布で顔まで隠す。
「お、お兄ちゃん……百合音は大丈夫だから…」
「よくないよ。風邪は万病の元って言うだろう?」
「………」
「百合音ちゃん、毛布から顔を出して?」
俺がそう言うと、毛布がモゾモゾと動く。
顔のある部分が動いているからイヤイヤと首を横に振っているのだろう。
「は、恥ずかしいからやだぁ〜」
「どうして恥ずかしいの? 百合音ちゃんは病人なんだよ?」
「で、でも……お兄ちゃんに見られたくないもん」
「どうして?」
「百合音のこと、嫌いになっちゃうから…」
百合音ちゃんの言葉に思わず吹き出してしまった。
「ははは、俺が百合音ちゃんを嫌いになるわけないだろう?」
「……なるもん」
「ならないよ。俺の言葉が信じられない?」
「……ううん。でも――」
ばさっ・・・。
俺は百合音ちゃんが言い終わる前に毛布をゆっくりと剥いだ。
すると、「あっ」と可愛い声をもらして赤く染まった顔をこちらに向ける。
「顔が赤い、かなり熱があるのかな?」
片手を自分の額に当て、残った手を百合音ちゃんの額に当てる。
百合音ちゃんの額はずいぶん熱く、かなり熱があることがわかった。
「こんなに熱が……大丈夫かい?」
「………」
「百合音ちゃん?」
「……お兄ちゃん」
「うん?」
「百合音の顔……変じゃない?」
「? いや、いつも通り可愛いよ」
軽くそう言ってあげると、いつもの笑顔になった。
「お兄ちゃん……学校に行かなくていいの?」
「まぁね。今日はずっと家にいるよ」
「どうして?」
「百合音ちゃんの側にいてあげようと思ってね」
俺は心に思っていることを言ってあげた。
百合音ちゃんは自分では言わないだろうけど、本当は誰かに側にいてほしいはずだ。
「百合音は大丈夫だから…」
「我慢しなくていいんだよ」
「………」
「こんな俺では頼りないかもしれないけど、百合音ちゃんの側にいてあげる」
「そんなことないよ…。
百合音は……お兄ちゃんに側にいてほしいの…」
少し疲れてきたのだろうか、百合音ちゃんは弱々しい声で喋る。
俺はそんな百合音ちゃんの手をベッドから取り出すと、ぎゅっと強く握りしめた。
「ありがとう百合音ちゃん。それとこれは昨日のお礼――」
・・・チュッ♪
百合音ちゃんのおでこにかかった前髪を優しく払い、そこにゆっくりとキスをする。
「お兄ちゃん……うれしい」
「さぁ、ゆっくり休んで早く直そうね?」
「…うん」
そう返事をすると、百合音ちゃんは安らかな表情をしながら眠りについた。
俺は百合音ちゃんが寝静まった後も手は握ったまま離さなかった。
ただ、今の百合音ちゃんの姿が昔の自分の姿に見えた。
安らぎを求め、手に入れられなかった自分。
だから、俺は安らぎを与える・・・自分がほしかったときのように・・・。
俺はどれほど、百合音ちゃんに安らぎを与えることができるだろうか・・・?
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