第11話『兄として』
第11話
『兄として』
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「百合音ちゃん、ごめんね?」
「………」
「本当にごめん」
「…ううん、いいの。
お兄ちゃんは大事な試験があるんでしょう? 百合音は大丈夫だから…」
今日は百合音ちゃんの中学の卒業式。
当初は俺が保護者で見に行く予定で、百合音ちゃんも喜んでくれていたのだが・・・。
不運にも試験が重なり、行けなくなってしまった。
それがこのテストがくせ者で、大学卒業が関わってくるという特典付き。
百合音ちゃんは大丈夫と言うのだが、明らかに無理をしている・・・。
「………」
「お兄ちゃん、暗い顔しないで? 百合音は本当に大丈夫だから」
「無理……してない?」
「うん。お兄ちゃんは今まで百合音のために無理してきたんだから、今日は気にしないでね」
「…百合音ちゃん」
胸が痛んだ。
百合音ちゃんの悲しみがわかっているのにどうすることもできない。
俺と同じ状況なのに何もしてやれない。
百合音ちゃんの気持ちが誰よりもわかるのに・・・。
………
テクテクテクテク・・・。
大学までの道のりを重い足取りで歩いていた。
頭から百合音ちゃんの事が離れない。
何かしてやれるのは俺だけなのに、その俺が何もできないでいる・・・。
それほど悔しいことはない。
「……ふぅ」
俺は考えた。
百合音ちゃんのこと、自分のこと。
他人から見ればどちらも大切な様に見えるけど、俺には2つの重みの違いが明白だった。
「俺には……できないっ」
ダッダッダッダッ!
今来た道を振り返り、大急ぎで家に帰る。
できなかった、俺には百合音ちゃんの悲しい顔が耐えられなかった。
いつも笑っていてほしい、喜んでいてほしい。
それが“兄”として、俺ができること・・・。
………
卒業式も順調に終わり、保護者席で百合音ちゃんの勇姿を見届けた俺は校門まで百合音ちゃんを待った。
式の最中、百合音ちゃんは緊張しまくりで可哀想なくらいだった。
入学式のときもそうだったのだけれど、成長はあんまりしてないみたい・・・。
「じゃあね、百合音ちゃん」
「ばいばい〜、三奈子ちゃん」
下駄箱で三奈子ちゃんと別れの挨拶をする百合音ちゃん。
三奈子ちゃんは両親が来ているらしく、少し離れた場所にいる夫婦の元に走っていった。
それを寂びそうな目で見送る百合音ちゃん。
俺にはその姿があまりにも悲しくて・・・涙がこぼれそうになった。
「百合音ちゃんっ!」
気づくと、俺はいつの間にか大きな声で百合音ちゃんを呼んでいた。
「…! お兄ちゃん?」
俺の姿に気づいた百合音ちゃんがこちらに走ってくる。
その姿に微笑みを返し、一つ注意した。
「走ると転けるよ?」
「お兄ちゃ……ぁっ」
「…とっ」
案の定、躓いて転けそうになった百合音ちゃんを俺はタイミング良く抱き留める。
「………」
「大丈夫かい?」
「…うん。ありがとう」
頬をほんのり赤く染め、礼を述べる百合音ちゃん。
俺はそんな百合音ちゃんの頭を優しく撫で、お祝いの言葉を言ってあげた。
「卒業おめでとう、百合音ちゃん」
「ぐす……お兄ちゃん」
「はじめから全部見させてもらったよ、かなり緊張してたみたいだね?」
「…え?」
百合音ちゃんが驚きの顔を見せる。
俺が最初からいるはずが無かったと思っているに違いない。
「試験、ほっぽってきちゃった」
「ど、どうして? もしかして百合音のため?」
「まぁね、どうしても百合音ちゃんの卒業式が見たくって…」
本当のことは言わず、適当に言葉を並べる俺に百合音ちゃんは涙目を向ける。
百合音ちゃんには理由は言わずともわかっているのだろう。
「お兄ちゃん……百合音ね…」
「百合音ちゃんのせいじゃない。俺が勝手にしたことだから」
「……ばか」
そう言って百合音ちゃんが俺の首に抱きついてくる。
そんな妹を愛しく思い、俺もキュッと抱きしめ返した。
「ははは、俺はバカだ。
だけど、百合音ちゃんのためならなんでもするよ」
「ぐすっ……ばかだよ百合音なんかに……でもね、大好きっ」
より一層強く手を絡めてくる百合音ちゃん。
俺も応えるように強く抱きしめる・・・。
「……百合音ちゃん」
名前をささやく俺の頬に一筋の滴が流れた。
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