第12話『百合音の不安』
第12話
『百合音の不安』



月日は流れ、俺は大学を卒業した。
だけど、定職には就けず、現在はアルバイター。
友達が就職した場所で、アルバイトとして雇ってもらっているのだが・・・?

なぜか、そこには彩乃さんまでいた・・・。

理由はわかっている。
俺の友達というのが、彩乃さんが好きな奴だったってこと。
あれから何年も経つのだが、彩乃さんったら告白すればいいのに・・・。

「やっほ〜、広瀬くんっ!」

「こんちは、彩乃さん」

仕事場に向かう途中で彩乃さんと出会った。
そして2人で一緒に仕事場に向かう。

「アイツなら今日は一緒じゃないですよ?」

「そっかぁ〜、残念」

彩乃さんは見た目によらず、かなりの照れ屋さんらしい。
2人っきりだと会話が続かないので俺を挟んで話そうとする。
そうすると自然に振る舞えるのだそうだ。

………

「オッス、広瀬」

「うぃー」

更衣室に行くと、例の友達にあった。
こいつが彩乃さんがホレている“瀬名 京二(せな きょうじ)”。
ルックスは悪くなく、成績、スポーツ共になかなかのオールマイティー男。
だが、そんなダチにも欠点がある。
それは、家事全般が全くダメなのだ・・・ふっ、勝った。

「なぁ、広瀬」

「ああ?」

上着を脱ぎ、上半身が裸の状態の俺に瀬名が声をかけてきた。
俺は作業着を着ながら答える。

「前から思っていたのだが、腕の痕はなんだ?」

「ああ、これか…」

「いや、言いにくいことなら別に言わなくてもいい」

「そうじゃない。ふと、その時のことを思い出してな…」

俺はあのときを思い出すように遠い目をしながら、瀬名に傷痕の事を語った。

「百合音ちゃんが小さい頃、事故に遭いそうになったのを助けたのが理由だ」

「百合音ちゃんって、たしか広瀬の妹さんだったな?」

「ああ、今では高校生になって可愛さに磨きが掛かったよ」

「ふぅん」

「ああっ! お前には百合音ちゃんはやらんからなっ!」

「…ふっ、兄バカだな」

瀬名は吹き出すように言う。
俺もそれにつられて笑った。

………

ガッシャンガッシャン!

騒音並の機械の音が倉庫内に響く。
何かの機械の部品を作っているらしいが、細かいことは忘れた。
俺としては働く場所があって給料さえもらえれば、今は十分なのだ。

「うぃ〜、早く休憩にならんかねぇ〜」

ジジ臭くぼやくが、機械の音がうるさすぎて誰にも聞こえない。
隣にいる瀬名や、そのまた隣にいる彩乃さんにも聞こえないほど・・・。

「謎だな〜」

ひとつだけ謎があった。
体力と気力が勝負のこの仕事場で、どうして彩乃さんが働いているのか。
どうして、男の俺達と同じ仕事についてこれるのか・・・などなど。

「ううむぅ〜」

この謎は未来永劫解けないのだろうか?

………

昼休み。
俺と瀬名と彩乃さんの3人でいつものように休憩場所で昼食をとる。
だが、今日ばかりは運がなかった。
鞄を開けてみると、弁当が入ってなかった・・・水筒はあるのだが。

「あら? どうしたの、深刻そうな顔しちゃって?」

お手洗いから戻ってきた彩乃さんが声をかけてくる。
俺は目を潤ませながら彩乃さんを見つめた。

「弁当……わすれてしまった」

「あらら、それは大変ね」

「……どうしようか?」

困り果てていると、瀬名が戻ってきた。

「おーい、広瀬。お前の彼女が来てるぞ?」

「…え?」

「…なぬ?」

彩乃さんに続き、俺も驚きの声を上げた。
だが、その驚きも疑問もすぐに解けることとなる。

「ち、違います。私は…」

「百合音ちゃんっ」

「あっ、お兄ちゃん」

「ど、どうして百合音ちゃんがここに?」

「お兄ちゃん、お弁当忘れたでしょう? だから届けに来たの」

そう言って包みを差し出す百合音ちゃん。
俺はそれを受け取ると、百合音ちゃんの頭を優しく撫でた。

「ありがとう」

「お、お兄ちゃん……他の人が見てるよ…」

「…あ」

俺としたことが、いつもの癖で撫でてしまった。
案の定、瀬名が不思議そうな顔で俺達を見ている。
彩乃さんはなにやら言いたそうな顔をしているが、この際無視しておこう。

「瀬名、こちらが俺の妹の百合音ちゃん」

「そうだったのか…、俺はてっきり彼女かと思った」

「…まぁ、いいけど」

ひとつため息をつき、再び百合音ちゃんに視線を戻す。

中学までのツインテールをやめ、ストレートにのばし真ん中でひとつ結んでいて、少し大人っぽく見える。
自分のことも“百合音”と言うのが、いつの間にか“私”になっていたり、ずいぶん落ち着いたりと、
高校生になって、かなり大人っぽくなったような気がする。

「百合音ちゃん久しぶり〜、ずいぶん可愛くなったね」

「お、お久しぶりです…」

「あらあら、堅いところは変わらないねぇ」

百合音ちゃんの反応に微笑む彩乃さん。
だが、百合音ちゃんの表情はどこか曇っていた。

「俺、ちょっと出てくるよ」

「ああ、構わないけど遅れるなよ?」

「わかってるよ」

百合音ちゃんに声をかけ、休憩所をあとにした。

………

外に出ると、熱いくらいの日差しが差し込んでくる。

「百合音ちゃん、どうしたの?」

少し元気がないことに気づいた俺は優しく声をかけた。
それに小さく頷き、ポツリと呟く。

「…うん、橘さん……一緒なの」

「いや、それが気づいたら一緒だった」

「………」

「腐れ縁かな〜?」

「…心配なの」

俯きながら消えそうな声で言う百合音ちゃん。
俺はそんな百合音ちゃんに元気づけるように言った。

「大丈夫だよ。心配事なんてなにもない」

「…でも、お兄ちゃんが離れてしまいそうで……私…」

たぶん、彩乃さんの事を言っているのだろう。
あまりにも一緒のときが多いので、彩乃さんと俺がくっついてしまうと思っているに違いない。

「俺は百合音ちゃんの側にいる……約束しただろ?」

「…うん」

「百合音ちゃんが望むまで、ずっと側にいてあげるから…」

「…信じていいの?」

「ああ」

そう答えて俺は百合音ちゃんの頭を撫でた。

百合音ちゃんの俺を慕う気持ちは心底嬉しかった。
ただ、いつかは“兄離れ”してもらわないといけないかと思うと少し寂しい気がする。

そして俺もまた、“妹離れ”しなくてはならないと・・・。




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