第13話『絆 〜兄と妹〜 』
第13話
『絆 〜兄と妹〜 』
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それはいつものように仕事帰りのこと。
近所の公園の横を通ると、そこには百合音ちゃんと三奈子ちゃんの姿があった。
俺はもうすぐ夕飯の時間なので、そのまま百合音ちゃんと家に帰ろうかと誘うことにした。
「百合音ちゃ……」
声をかけようとしたところ、信じられない光景が目に入った。
あの百合音ちゃんが、親友の三奈子ちゃんを突き飛ばしたのだ。
ダッダッダッ!
すぐさま2人の元に駆け寄り、突き飛ばされた三奈子ちゃんに屈んで声をかける。
「三奈子ちゃん、大丈夫かい?」
「お兄さん?」
「…お、お兄ちゃん」
突然の俺の登場に2人とも驚きの声を上げる。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
どんな経過かは知らないが、百合音ちゃんは三奈子ちゃんを突き飛ばした。
それは良いことではない。
「何があったかは知らないけど、三奈子ちゃんに謝るんだ、百合音ちゃん」
「わ、私……その…」
「まずは謝るんだ」
「悪くない……私、悪くない…」
「百合音ちゃんっ」
いつもの素直な百合音ちゃんの姿が見られなかった俺は、スクッと立ち上がり目を合わす。
百合音ちゃんの目には少し戸惑いと怯えが見え隠れしていた。
「百合音ちゃん…」
「わ、悪くない……だって、三奈子ちゃんが…」
「百合音ちゃんっ!!」
パァーーン!
夕日に染まった公園に乾いた音が響く。
気がつくと、俺は百合音ちゃんの頬を叩いていた。
「……あ」
「お、お兄さんっ!?」
「…え?」
三奈子ちゃんの呼びかけに我に返る。
目の前の百合音ちゃんが赤くなった頬に手を当てていた。
そして、唖然とした表情で俺を見つめる。
「お、お兄ちゃん……私…」
「ゆ、百合音ちゃん…」
「ぐす……ばかぁ」
涙を流しながら走って公園を飛び出していく百合音ちゃん。
俺はその背中を追おうとしたが、なぜか足が動かなかった・・・。
「お兄さん…」
「俺……なんてことを…」
自分の手が震えた。
今でも百合音ちゃんを叩いた感触が残っている。
こんな事はしたくなかったのだが、あまりにも素直じゃない百合音ちゃんが悲しかった。
俺みたいになってほしくなかった・・・ただ、それだけなのに・・・。
「三奈子ちゃん、送っていくよ」
「私のことはいいですから、今は百合音ちゃんを…」
「ひとりでは帰られないだろう?」
「………」
百合音ちゃんに突き飛ばされた弾みで、三奈子ちゃんは捻挫をしたらしい。
見てわかるくらい足が腫れている。
俺はそんな三奈子ちゃんを背中に背負い、家に送り届けることにした。
………
「お兄さんの背中、とっても広いですね」
「そうかい?」
送り届けている途中。
三奈子ちゃんがそんなことを言ってきた。
「百合音ちゃん、本当はとてもいい子なんだ……だから、許してやってくれないか?」
「…お兄さん」
「あんな素直じゃない百合音ちゃんは初めてみた…。
何か理由があってのことだと思うんだ……、だから…」
「私のせいなんです…」
背中から寂しそうな声を言う三奈子ちゃん。
俺はそれを黙って聞くことにした。
「私がお兄さんに告白しようかなって言ったら、百合音ちゃんが大きな声で…
『だめぇー! お兄ちゃん取っちゃだめなのっ!』って言われちゃって…。
興奮した百合音ちゃんにそのまま突き飛ばされてしまったの…」
「…そう」
「全部、私が悪いんです。百合音ちゃんの気持ちもわかっていたのに…」
「………」
「私がお兄さんへの想いを捨ててしまえば良かったんです。
そうしたら、百合音ちゃんもお兄さんも傷つけずに済んだんです…」
三奈子ちゃんの言葉が胸に響く。
自分を犠牲にしてまで友達をかばう気持ち・・・でも、それは・・・。
「俺は別に三奈子ちゃんを恨んではいないよ。
むしろ、これで良かったのかもしれない・・・」
「…お兄さん?」
「自分の気持ちには素直になってほしいんだ。
百合音ちゃんが素直なように、三奈子ちゃんにも素直に言ってほしい」
「………」
「ときにはケンカをすることもあるだろうけど、そうして仲が深まっていくこともある。
人間ってなかなか難しいねぇ…」
そしてひとつため息をつく。
友情、愛情、信頼・・・どれをとっても難しい話である。
だけど、素直に言わないと伝わらない想いもあるのもまた事実。
隠し続けようとしてもできないのなら、吐き出してしまえばいいと思う。
「あの…、聞いてくれますか?」
「…うん」
「私…、お兄さんが好きです。
ずっと、ずっと前から好きでした…」
「ありがとう、三奈子ちゃんの気持ちはとっても嬉しいよ。
でも、俺にはその気持ちに応えることはできない」
「それも……わかってます」
「…そうか」
三奈子ちゃんの言葉に俺は呟くように返事をした。
この子には俺の気持ちも全てわかっているようだ・・・。
「百合音ちゃん……ですね?」
「………」
その問いかけに何も答えず、沈黙を守る。
「“妹”ではなく、ひとりの“女の子”として好きなんですね…」
「………」
「百合音ちゃんも同じですよ。
本人は気づいていないかもしれませんけど、あれは“兄”ではなく、ひとりの“男性”として見ています」
俺は黙って耳を傾けた。
俺自身、自分の気持ちも百合音ちゃんの気持ちもわかっていた。
気づいていたが、気づかないふりをずっとしてきた・・・。
俺達は兄妹で、百合音ちゃんは俺の“妹”で、俺はその“兄”なのだから・・・
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