第3話 誕生日
第3話
『誕生日』


10月上旬。
季節は秋らしさを感じさせる。

今日は私の誕生日。
だけど、浩ちゃんは憶えてくれているかな?
ここ数年はなんにも言ってくれなかったし・・・
くすん、忘れちゃったのかな?

「浩ちゃん」

「なんだ?」

「今日はなんの日か知ってる?」

大学の帰り。
私はそれとなく聞いてみる。

「今日? 今日は…………ああっ!」

「思い出した?」

よかった、浩ちゃんは憶えてくれていたんだ。

「俺が毎月買っている雑誌の発売日だ」

「…え?」

「じゃぁ、ちょっと買ってくる」

そう言うと、浩ちゃんはどこかに行こうとする。

「こ、浩ちゃん?」

「雪はいつもの場所で待っていてくれ」

「………」

それだけ言って浩ちゃんは去って行った。

てくてくてく
私はひとり公園に向かう。

「………ぐす」

いつものベンチに座ると、自然と涙がこぼれた。

「……そんなの」

ひどいよ。
浩ちゃん――本当に私の誕生日を忘れてしまったの?
そんなの悲しいよ。
ずっと楽しみにしてたんだよ。

「こんなに………楽しみにしていたのに」

浩ちゃんはきっと憶えてくれているって・・・
そう思っていたのに。

「……ぐす」

涙が地面に落ちる。
俯いていたらダメ――私は自分に言い聞かせる。
俯くと涙が余計にこぼれるから・・・

「……う」

でも、顔を上げることができない。
悲しい、悲しいよ。
心が痛いよ――締め付けられるよ。

「浩ちゃんなんて………きらい」

「俺は雪のこと好きだぞ」

「え?」

私は驚いて顔を上げる。

「きゃっ」

ふぁさっ
私の目の前に鮮やかな色が広がる。
こ、これは・・・?

「誕生日おめでとう」

「こ、浩ちゃん…」

涙で目を腫らしたままの顔で見つめる。
私の前には一抱えくらいありそうな花束がある。

「今日は雪の誕生日だろ?」

「う、うん……そうだけど」

私は呆然とする。
浩ちゃんが私の誕生日を憶えてくれていた。
その事実すらも理解できない。

「受けとれ」

ばさっ
浩ちゃんが私に花束を差し出す。

「あ、ありがとう」

私は頭が混乱したまま受け取る。
花束? 私に?

「………」

「ゆ、雪?」

――そっか。
そうだったんだね。
浩ちゃんは憶えてくれていたんだね。

「ぐす………ありがとう。浩ちゃん」

くしゃ
私は花束を胸に抱きしめる。
すると、目から止めどなく涙が溢れる。
一度止まっていた涙が再び。

「ごめんね……ごめんね……」

「お、おい…」

「ごめんね…」

「……ふぅ」

どんっ
浩ちゃんはくしゃくしゃと自分の頭をかきながら私の横に座る。

「泣くなよ」

「うん……ごめんね」

疑ってごめんね。
浩ちゃんはずっと憶えていてくれたんだよね。
それを私は・・・

「もういいから」

とんっ
浩ちゃんが自分の胸に私を抱き寄せる。

「うん、ありがとう」

私は浩ちゃんにしがみつく。
温かい浩ちゃんの胸に・・・

ふぁさ
花束が地面に落ちる。

それは2人の邪魔をしないかのように・・・





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