第7話 居場所
第7話
『居場所』


タッタッタッタ
私は急いで浩ちゃんの家に向かう。

浩ちゃんに会いたい。

ただ、それだけの想い。
その想いだけが私を動かしている。

「はぁ……はぁ……」

着いた。
やっと浩ちゃんの家に着いた。

がそごそ
ポケットの中を探る。
確か――真奈ちゃんから借りた鍵が・・・

「……あった」

私はその鍵で玄関を開けて――中に入る。

「おじゃましまーす」

小さく声をかけて、浩ちゃんの部屋を目指す。

とてとてとて
浩ちゃんの部屋の前まで来る。

寝ているのかな?

私はそろ〜とドアを開ける。

「………」

浩ちゃんは寝ているようだ。

私はそれを確認すると、足音を立てずに浩ちゃんの側までに行く。

「浩ちゃん」

「………」

私は小さな声で尋ねるが、やはり返事がない。

「………はぁ……はぁ」

浩ちゃんが苦しそうな声を上げる。
それを見た私は自分の手を浩ちゃんのおでこに当ててみた。

「……わっ」

す、凄い熱。
このままじゃ大変!
すぐ冷やさないと・・・

「ちょっと待っててね」

私はそれだけ言うと、台所に向かった。

とっとっとっと
台所に着いた――この家の勝手は知っている。

「たしか……ここだと思うんだけど」

かちゃかちゃ
素早く洗面器とタオルを見つけると、すぐさま浩ちゃんのところに戻る。

「…戻ったよ」

「はぁ……はぁ……」

苦しそうな浩ちゃん。
私は洗面器に入っている水にタオルを浸して、浩ちゃんのおでこにのせる。

「はぁ……はぁ……」

「……ごめんね」

私、浩ちゃんのところに来ちゃった。
浩ちゃんの言うこと守れなかったよ。
だって――私には浩ちゃんの方が大切だから。
浩ちゃんが一番大切だから。

「はぁ……う…うん……ゆ……き」

「……浩ちゃん?」

浩ちゃんが私の名を呼んだ。
そんな気がした・・・

「私だよ、私はここにいるよ」

私は浩ちゃんのすぐ側に行く。

「………ゆき?」

「うん、そうだよ」

浩ちゃんが弱々しく手を伸ばしてくる。
私はその手をギュッと握った。

「お前……なんで……ここに?」

「ぐすん……浩ちゃんが心配だったから」

「……ば…か」

「うん、私バカだよ……すっごいバカだよ」

だって、浩ちゃんがいないとダメだから。
ひとりじゃ寂しくてダメだから。

「ひとりは嫌だよ」

「……ゆき」

「お願いだから……浩ちゃんの側にいさせて」

私の目から涙がこぼれる。
悲しくないのに・・・
どうして?
どうして止まらないの?

「ぐす……側に……いさせて」

「……ばかだな」

「…あっ」

浩ちゃんの手が私の頬を優しく撫でる。

「雪の好きにしたらいい……だから泣くな」

「うんっうんっ」

私は何度も頷く。
浩ちゃんの気持ちが嬉しい。
私を側においてくれることが嬉しい。

「私のせいで……ごめん」

「そのことは……もういい」

「でも…でも…」

あんな寒い日に私に上着を貸したから・・・
浩ちゃんは私より寒さが苦手なのに・・・

「私のせいで……浩ちゃんが苦しんでいるなんて…」

そんなの嫌だよ。
私はいっつもお荷物なの?
浩ちゃんの役に立つことはできないの?

「ぐすっ……うう」

「ゆき……泣かないでくれ」

「うう……ぐす……お荷物なんてやだよ」

「…ゆき」

「浩ちゃんの役に立ちたい……ぐす……必要とされたい…」

浩ちゃんに必要とされたい。
いつまでも側においてくれるように・・・

「俺には雪が必要だ」

そう言いながら浩ちゃんは上体を起こす。

「こ、浩ちゃん……起きたらダメだよ」

「大丈夫だ、雪……おいで」

「え?――きゃっ」

ぎゅっ
私は浩ちゃんに抱きしめられる。
浩ちゃんの体は熱い――熱があるからだと思う。

「雪は俺にとって何よりも大切な存在なんだ」

「…ぐす………ほんと?」

「ああ、雪を一番愛してるのは俺だけだ」

「…うん」

ああ、私は浩ちゃんの側にいていいんだ。
浩ちゃんがそう言ってくれる。
たとえ――それが嘘でもいい。

今は・・・
今だけは・・・

「……すぅ」

「浩ちゃん?」

「すぅ……すぅ……」

「くすっ」

寝ちゃったんだね。
じゃぁ、私は少し離れて・・・

「……ふぇ?」

あーん、離れられないよぉ〜。
浩ちゃんが私を抱きしめたまま寝ちゃったから・・・
どうしよう?

でも・・・

これだと浩ちゃんと離れなくていい。
この時間はずっと浩ちゃんの胸の中にいられるんだ。

「……ん〜と」

私は顔を上げて、浩ちゃんを見つめる。

ふふっ、かーわいい!

浩ちゃんの寝顔はとても可愛い。
いつものカッコイイ浩ちゃんはどこに行ったのかな?

「いつもごめんね」

私はスルスルと浩ちゃんの背中に手をまわす。
そして浩ちゃんの体を優しく抱きしめる。

「…ふふ」

私達ってなにをやってるんだろうね?
最初は一方的に抱きしめられていたけど、今ではお互い抱き合っている。
だけど、片方は病人で今は眠っている。
そんな人に抱きしめられ、抱きしめている私。

おかしいね。

でも――こんなのもいいよね?
浩ちゃんが側にいてくれるならそれだけでいい。
それ以上は望まないよ。

「…大好きだよ」

ちゅっ
私は浩ちゃんの唇に自分の唇を重ねる。

「……んむ」

すぐ離れるのも名残惜しいので、少しの間このままでいることにした。

「…んん……んふ」

浩ちゃんの唇――温かい。
なんだか浩ちゃんの気持ちが伝わってくるような気がする。

「んん……ぷは」

私は唇をそっと離す。
キスしたら目を覚ますかなって思ったんだけど・・・

「…すぅ……すぅ」

浩ちゃんはぐっすり眠っている。
・・・残念。

じわぁ
不意に私の視界が滲む。

あ、あれ?

私どうしちゃったの?
こ、これは――涙?
私、泣いているの?

「…ぐす」

あっ、そうか。
安心したんだね。
浩ちゃんの側にいられるから・・・

浩ちゃんは私の全てだから

だから

浩ちゃんは私の居場所。




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