第1話『残る想い』
第1話
『残る想い』


チュンチュン

窓から射し込む朝日と共に、鳥の囀りが部屋に入り込んでくる。
俺はそれに起こされ、渋々重い体を起こす。

「ふわぁ〜〜」

一つ欠伸をし、うーんと体を伸ばす。
すると体が小さくブルッと震えた。
外は太陽が燦々と輝いているようだが、やはり冬は寒い。
とくに起きたばかりの体には応える。

コンコン

そんなことを考えていると、ドアをノックする音が響く。
俺はそれに気づくと返事をしてやった。

「どうぞ」

ガチャッ

ドアが開く音と共に小さな子が部屋に入ってくる。

「おにぃたん、あさだよ〜」

「おはよう、千奈」

「うんっ、おはよぉ」

ニッコリ微笑んで、元気いっぱいの顔で返事をする千奈。
我が妹ながら小さくて可愛いと思う。
いかんせん、千奈はまだ小学二年生だから可愛い年頃だ。
これが大きくなったら兄を困らせるかもしれないと思うと・・・

「ごはんだよって、砂奈ねぇたんが呼んでるよ?」

「わかった。すぐ行く」

俺がそう言うと、千奈はドアも閉めずにそのまま行ってしまった。
やれやれと思いながらも、素早く着替えて台所に向かう。

………

「来たぞ〜」

「はいは〜い! お兄ちゃんが最後だからさっさと食べてねぇ〜」

台所に行った早々、砂奈の言葉はキツかった。
砂奈は我が家では料理専門の妹である。
まだ中学3年生だというのに料理の腕はなかなか。

「ずず………お? 今日の味噌汁はいつもと違うな?」

「わかる? ちょっと出汁を変えてみたんだ」

「そうか、これはこれでイケるな」

俺は美味しそうに食べる姿を見て砂奈がふふっと微笑む。

「な、なんだよ?」

「ううん。えっと……元気だしてね」

「……ああ」

そうだよな。
俺だって、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないんだよな。
砂奈や千奈だって、いつものように元気じゃないか。
まぁ、千奈は意味が分かっていないようだが、砂奈は違う。
でも、こいつは自分も哀しいはずなのに俺を元気付けてくれる。

「おにぃたん、ねむいの?」

じっと黙っている俺を心配してか、千奈が声をかけてきた。
俺はそんな千奈の頭をクシャクシャと撫でる。

「あやや、おにぃたん〜」

「ありがとう、大丈夫だよ」

千奈から手を離し、食事に戻る。

「お兄ちゃん…」

「ふぅ、そんな顔するな。俺なら大丈夫だから」

「本当?」

「ああ」

嘘だ。
俺の心にはまだ拭いきれないものが残っている。
大丈夫なわけがない。
砂奈に言ったのは所詮強がりに過ぎない。
だけど、砂奈には安心させたかった。
これ以上迷惑をかけたくなかった。

「お兄ちゃんがそう言うなら…」

「安心していいぞ」

「…うん」

釈然としないながらも納得といった顔をする砂奈。
これでいいんだ。
嘘でも砂奈には納得してもらいたい。

「あ、もう時間だね」

「もうそんな時間か?」

「うん、私は行って来るね」

そう言って、パタパタと慌てたように砂奈は家を飛び出していった。
そして俺と千奈だけが残された。
千奈は俺の隣に座って、のんびりと果物を食べている。
俺もそれにつられるようにのんびり食べることにした。

「おにぃたん」

「うん?」

「綾ねぇたん、ぜんぜん来ないねぇ?」

「あ、ああ…」

千奈の何気ない言葉に現実を突きつけられる。
今の千奈には綾音がいないのがわかってないのだろうな。

「おにぃたん? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

千奈が不思議そうな顔で俺を見つめる。
その瞳はなんだか俺の心を見透かしているようだ。

「ほら、時間がないから早く食べな」

俺は千奈を促すと、自分も素早く食べる。
そして俺が全部食べ終わったとき、千奈が俺を呼んだ。

「どうした?」

「よごれちゃったよぉ」

「わかったわかった、すぐ綺麗にしてやるから」

俺はテーブルの上にある布巾を掴み、千奈の汚れた口元を拭ってやる。
千奈は嬉しそうな顔をしながら俺にされるがまま。

「あはっ、おにぃたんって綾ねぇたんみたい〜」

「………」

綾音みたいか・・・
確かにそうだったよな。
いつも千奈の面倒は綾音が見てたんだよな。
その綾音も・・・もう・・・

「おにぃたん、痛いの?」

「え?」

「泣いてるの? おなか痛いの?」

千奈に言われて気づいた。
俺の目から涙が零れていた。
とても熱い滴。
それが頬を伝っていく。

「だ、大丈夫だよ」

俺はそう言って千奈の小さな体をキュッと抱きしめる。
本当は大丈夫じゃない。
一瞬でも気を抜くと泣き崩れてしまいそうだ。
泣き叫びたい衝動に駆られる。
千奈の純粋な言葉を聞くと、とても哀しくなってくる。
胸が締めつけられるように痛い。

「…千奈」

「なぁに?」

「千奈は……ずっと側にいてくれるよな?」

「うん?」

千奈はわからないと言ったような顔をする。
ははは、千奈にわかるわけないよな。
俺はなにを言ってるんだろうな・・・

「うーんとね、よくわからないけど、千奈はおにぃたんといる!」

「そうか……くっ」

千奈の言葉が嬉しかった。
俺といてくれるという言葉が胸に響く。
綾音にも言われた言葉。
綾音も言ってくれた。

「千奈は可愛いな」

「えへっ、千奈かわいい〜」

綾音。
お前とは一緒の時を過ごすことは出来ないけど、俺は今を大切にしたいと思う。
砂奈と千奈というかけがえのない家族の時間を喜ぼうと思う。
お前との時間もかけがえのないものだったけど、俺はそれに縋り付いてはいけないんだ。

現実を受けとめること。

それが今の俺に必要なんだと思う。
綾音との時間は想い出として、これからの時を過ごせればいいと思う。
そうでなければいけないんだと思う。
だがな、お前の存在は大きすぎた。
俺の心に深く入りすぎた。
そして確信する。
俺はまだ・・・

綾音が好きなんだと・・・





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