第2話『怠惰な日々』
第2話
『怠惰な日々』
空は鬱陶しいほどに晴れている。
気分はブルーなのだが、晴れ晴れとしているのが憎らしい。
トコトコ・・・
千奈を小学校に送っていった後、重い足取りで高校に向かう。
時間はとくに気にしない。
遅刻しようが欠席になろうが知ったことではない。
どうせ授業に出ても受けていないのも同然なのだから。
ガラガラ
教室に着いた俺は重いドアを開け、自分の席に向かう。
「よう、誠一」
「誠一くん、おはよう」
俺にかけられた言葉に適当に答えながら席に着く。
重い体を下ろした俺はそのまま机に突っ伏した。
キーンコーンカーンコーン
授業の始まりの鐘が鳴ったが俺には関係ない。
もう、俺にはなにもする気は無い。
ただ、なぜか疲れた。
とても眠い・・・瞼が重い。
「……すぅ」
そして俺は深い眠りに落ちていった。
………
ガヤガヤガヤ
「……ん?」
気がつけば、放課後になっていた。
周りの生徒は授業に解放されたのが嬉しいのか、はしゃいでいるように見える。
「……ふぅ」
だが、俺はため息を吐くだけだった。
放課後になっても嬉しくはない。
寝てしまった俺を起こしてくれるあいつがいない。
一緒に帰るあいつがいない。
明るく笑いかけてくれるあいつがいない。
悪戯をしたら困った顔を見せるあいつがいない。
「……帰るか」
これ以上、ここにいたら悲しくなるだけなので俺は去ることにした。
トコトコ・・・
教室を出て、下駄箱に向かい学校を出る。
外に出ると俺の心と同じような寒い風が吹く。
俺はその風に体を小さく震えさせながら校門に向かう。
1秒たりともここにいたくない。
さっさと家に帰りたい・・・ここは俺には辛すぎるから。
「……ふぅ」
一つため息を吐き、帰路につく。
空は茜色に染まり、季節を感じさせる。
「まだこんな時間なのに、もう夕日か・・・」
冬の時間の早さを教えるように空は色を変える。
長い影を伸ばしながら、一人寂しく歩く。
その影は1つで虚しく道路に浮かんでいる。
2つ並んでいたはずの影も今はたったの1つだけ。
あの時のことがとても懐かしい。
綾音と一緒に帰っていた日々のこと。
冗談を言い合い、時には喧嘩をした日々のこと。
もう、帰ってくることのない時間。
「…綾音」
俺の口から名が零れる。
ふと気づくと、あいつと一緒に寄り道がてらに行くいつもの公園。
俺はなんとなく公園にはいると、いつも2人で座っていた場所に向かった。
「確か……この椅子によく座っていたよな」
木で作られたベンチともなんとも言えない長椅子。
綾音が気に入ってよく座っていた椅子。
俺もつられて一緒に座っていた日々。
子供の頃から綾音と遊んでいた公園。
懐かしい想い出の詰まった場所。
いつまで経っても変わることのない空間。
「ははは、もう……戻ってこないんだな」
とても悲しくなった。
この場所がいつまでも同じなので余計に思い出してしまう。
小さい頃の日々のこと。
小学生の頃のこと。
中学生の頃のこと。
そして、高校生のあの日までのこと。
「はじめて出会った場所だったな…」
綾音と初めて出会った場所。
それはこの公園。
あれは俺が幼稚園児だった頃のこと。
いつものように公園に遊びに行った日のこと。
すると、そこには見たことのない女の子がいた。
一人寂しく砂場で遊ぶ女の子。
その姿がなんだか寂しくて、とても悲しそうで・・・
気づいたら僕は、その女の子に声をかけていた。
『どうしたの?』
『え?』
女の子が驚いたように顔を上げる。
その顔は少し泣いた跡が残っていた。
『ひとりでなにやってるの?』
『……遊んでるの』
女の子は寂しそうにそう答えた。
僕はなんだか放っておけなくて、一緒に遊ぼうと言った。
『ほんと? 一緒に遊んでくれるの?』
『うん、もちろんだよ』
僕の答えに女の子は飛び跳ねんばかりに喜んだ。
そんな姿を見て僕もとても嬉しかった。
『今日から綾音のお友達だね』
『綾音ちゃんって言うの?』
『うんっ、綾音は綾音っていうの』
『僕はね“誠一”だよ』
『せいいち……くん?』
綾音ちゃんは確認するように僕の名を言う。
そして少し考え込んだ後、元気いっぱいでこう言った。
『よろしくね、誠ちゃんっ♪』
………
ひゅぅぅと冷たい風が俺の頬を撫でる。
それに俺はふと現実に戻される。
やれやれ、少し考え込んでいたようだ。
「想い出に浸るなんてまだまだだな…」
そう言って見上げた空は、もう暗くなりはじめていた。
俺は一つため息を吐き、想いを振り切るように歩き始める。
ここにいても綾音は戻ってこない。
認めたくないが・・・信じたくないが・・・
もう、綾音はいないんだ・・・
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