第4話『温もり』
第4話
『温もり』


チュンチュン・・・

鳥の囀り、部屋に差し込む眩しいくらいの朝日。
それらに俺は眠りから呼び戻される。
部屋のヒンヤリとした空気が体に注がれ、ブルッと体が震える。

「朝……か?」

重い体を起こそうとすると、俺のすぐ隣で人の存在を感じた。
すぐさま視線を向けると、そこには綾音がくるまるように眠っている。

「えーっと、確か…」

そう、確か昨日は綾音と一緒に寝たんだっけ・・・
一緒に寝ただけで何かしたわけではないのだが。
俺は誰に言うわけでもなく心の中で呟く。
そして隣で規則正しい寝息を立てる綾音を見つめる。

「これは現実なのか? 夢じゃないのか?」

未だに信じがたい。
死んだはずの綾音が俺の目の前にいる。
確かにいる。
触ることも出来る。
誰の目にも触れることができる。
これはどういうことだ?
幽霊・・・じゃないのか?

さらさら・・・

俺は確認するように綾音の長い髪に指を通す。
腰まである長い髪。
俺より頭1つ分くらい低い身長。
細くて綺麗な指。
お世辞にも大きいとは言えないが、それなりにある胸。
そして、とても魅力的な顔。

「ぅぅ……ぅぅん」

寝ていながらも時折とびっきりの笑顔を向けてくれる。
確かに綾音だ。
俺が好きな綾音だ。
見間違うはずがない。
誰がなんと言おうとこいつは綾音だ。

「帰って……きてくれたのか?」

もし、そうなら・・・
それほど嬉しいことはない。
綾音が帰ってきてくれたのなら俺は頑張れるような気がする。
たとえそれが幽霊だろうとなんだろうと・・・
俺にとって綾音は綾音なんだ。

コンコン・・・ガチャ

「おにぃたん、あさだよぉ」

ノックと共に可愛らしい声が部屋に入ってくる。
声の主はいつものようにニッコリと微笑みながら笑顔を俺に向ける。

「千奈、おはよう」

「うん、おはよぉ」

「着替えたら台所に行くよ」

「うんっ、まってるよぉ」

それだけ言うと、千奈はいつものようにドアを閉めずに去っていった。
そんな千奈を少し可笑しく思いながら毛布から出る。

「うっ、さむ」

毛布から出ると更に空気は寒さを増した。
俺はそれに負けないように素早く着替える。
そして、部屋を出る前にベッドで寝ている綾音の元に向かう。

「綾音、行って来るよ」

チュッ
俺はネコのように丸くなっている綾音の頬にキスをした。
まぁ、お寝坊の常習犯である綾音は起きないから安心だ。
もし、こんなところで起きられたらからかわれるに違いない。

そろ〜〜・・・

俺は綾音を起こさないように足音を立てずに部屋から出る。
ゆっくりと歩き、それこそ忍者のように忍び込むように慎重に。
ドアにさしかかり、そのまま部屋から出ていこうとしたとき・・・

「いってらっしゃい」

声をかけられた。
それは紛れもなくベッドで寝ているはずの綾音からだった。
俺は少し驚き、ベッドの方に振り返り声をかける。

「わりぃ、起こしてしまったか?」

「そんなことないよ〜♪ ちょっと前から起きていたから」

「…え?」

綾音が毛布から顔だけを出す。
その顔はとても嬉しそうで、ニコニコ微笑んでいる。
俺はなんとなく恥ずかしくなり綾音から視線を外す。
だが、それが悪かった。
綾音は俺の反応を見逃さなかった。

「誠ちゃんったら、照れちゃって……んふふ」

「ば、んなわけないだろう?」

「またまた〜、強がり言っちゃって」

「………」

なにも言い返せない。
確かに俺は恥ずかしくて綾音を直視できないでいる。
なぜか綾音がとても魅力的に見えて・・・
とっても輝いているように見えて・・・

死んでいるはずなのに・・・
生きているはずがないのに・・・
そう思えなくて・・・

「誠ちゃん……元気だして」

綾音は毛布から這い出ると、寝間着代わりに着た俺のシャツだけで近づいてくる。
そんな姿に一瞬ドキッとしながらも俺は自分に言い聞かせる。
相手は綾音なんだ、俺の恋人じゃないか・・・

「顔が赤いよ?」

「き、気のせいだろう?」

そう言いながらも俺はやはり綾音を直視できなかった。
不自然なまでに視線を逸らしてしまう。
そんな俺に綾音は手を伸ばしてくると、そのまま首を引っ張る。

「ちょ、あや…」

「…ん」

俺の頬に柔らかい感触ができる。
それは綾音の唇。
綾音は爪先立ちしながら俺の頬にキスをする。

「………」

「誠ちゃん、いってらっしゃい」

綾音は俺からパッと離れるとそう言った。
俺の心の中に今まで感じたことのない感情が溢れ、嬉しくなってくる。
とっても温かい。
綾音は存在しているんだと感じさせられる。

「…綾音」

「ちょ、誠ちゃん?」

俺は綾音の避難の声を無視してキュッと抱きしめる。
今までの自分とは正反対の行動。
いつも綾音をからかったり、困らせたりしていた日々。
自分の気持ちをストレートに伝えたり出来なかった日々。
生前の綾音を一度も抱きしめたことの無かった日々。
無くして気づいたもの。
遅すぎた気持ち。

「誠ちゃん……どうしちゃったの?」

「今は……今だけはこのままで」

「…うん」

俺は綾音が好きなんじゃない。
綾音が大好きなんだ。
誰よりも・・・この世の誰よりも綾音が好きなんだと。

再び出会って気づいた想い。

抱きしめる綾音の体は冷たくて。
人の温もりを感じることができなくて。
だけど、綾音は優しくて。
いつものように俺を見守ってくれて。
誰よりも俺を想ってくれて。

そんな綾音をとても温かく感じる俺がいて・・・





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