第7話『2つの影』
第7話
『2つの影』
砂奈と千奈が寝静まった時間。
俺は綾音に1つの案を言ってみた。
「綾音、今から外に行かないか?」
「え? うんっ」
綾音の嬉しそうな返事を聞き、俺達は部屋を出て玄関に向かう。
夜も遅いので、足音を立てないようにゆっくりと歩く。
そして玄関に着いたら靴に履き替える。
「綾音はこれでいいか?」
そう言って俺は今では少し小さくなってしまったサンダルを差し出す。
これは俺が最近まで使っていた想い出深い履き物。
なぜならこれは・・・
「わぁ〜、まだあったんだね」
「ああ、お前からの初めてのプレゼントだからな」
そう、このサンダルは綾音が俺にくれた初めてのプレゼントだ。
これをもらったのが中学2年生の頃だったから・・・
結構、長持ちしてるよな。
「今では小さくて履けないけどな」
「それでも嬉しいよ、残してくれているなんて……ぐす」
「お、おい……そんなことで泣くなよ」
「う、うん」
綾音はえへっと笑って目尻に溜まった涙を拭う。
その仕草はとても子供っぽくて・・・
だけど、とても魅力的で・・・
どうしようもなく可愛くて・・・
思わず抱きしめたくなってしまう。
「誠ちゃん? どうしたの、私を見つめて」
「い、いや…なんでもない。それより行こうか?」
「うん」
………
月に照らされる夜道。
人の姿はなく、あるのは静寂と冷たい風の音。
冬の夜はとても寒く、厚着をしてきても震えてしまうぐらいだ。
だが、俺の隣ではスカートとトレーナーだけの綾音の姿。
少しも寒そうな事は言わないで俺の隣を歩いている。
「綾音は寒くないのか?」
「ぜーんぜん、大丈夫だよ」
「…そうか」
理由はなんとなくわかるが言わないでおこう。
言ってしまったら綾音が傷つくに違いない。
大雑把のように見えて、結構細かい奴だからな。
「ねぇ、誠ちゃん」
「うん?」
「腕組んでいい?」
「あ、ああ」
俺の返事に綾音は嬉しそうに腕を絡めてくる。
俺はそのままポケットに腕を突っ込んだままの姿勢でいた。
綾音の行動に少し緊張してるのかもしれない。
戸惑いを悟られないように素っ気ない態度をとる。
いつもの俺らしく。
「んふふ〜♪」
何が嬉しいのか鼻歌まで歌い出す綾音。
いや、嬉しいのは俺も同じか。
綾音とこうして再び一緒の時を過ごせるなんて思わなかった。
全てを諦めていた俺に再び戻ってきれくれた。
「綾音、ありがとう」
「うん? なにか言った?」
「いや、なんでもない」
綾音は一瞬不思議そうな顔をしながらもすぐさま戻る。
そしてさっきのように鼻歌を歌い始めた。
なんだかご機嫌だな。
まぁ、機嫌が悪いよりはいいが・・・
綾音は拗ねるとなかなか機嫌を直してくれないからな。
「誠ちゃん、私が外に出てもいいの?」
「あ? 夜ぐらいなら大丈夫だろう」
夜だったら人目に触れることも少ないだろうし。
人通りの多い場所さえ行かなければ問題はないと思う。
幸い、この辺りは少し田舎の方なので人が少ないからな。
「綾音だって、ずっと家の中だと退屈だろう?」
「そ、そんなことないよ」
「本当か?」
「誠ちゃんがいてくれれば……だけど」
「………」
綾音の言葉に俺はなにも言い返せなかった。
綾音の気持ちは嬉しいけど、そうストレートに言われるともの凄く恥ずかしい。
俺だって綾音の側にずっといたいが、それは無理な相談だ。
「無茶言うなよ」
「そうだね、ごめん」
「い、いや、謝らなくても…」
どちらともなくお互い黙ってしまう。
俺達には珍しい沈黙。
今までなら冗談を言い合い、時には喧嘩したりしていた。
それが、再会した俺達は一度も喧嘩していない。
それどころか、まるで本当の恋人同士のように照れあったりしている。
確かに俺達は恋人同士なのだが、こういう柄じゃない。
幼なじみの延長線で付き合ったのだから・・・
「やっぱり、誠ちゃんは変わったよ」
「え?」
「私にとっても優しくしてくれるようになった」
「………」
俺自身は何一つ変わっていない。
変わったのではなく、気づいただけ。
自分の気持ちに気づいただけ。
「今までの誠ちゃんも嫌いじゃないけど、今の誠ちゃんは大好きだよ」
「ば、なに言ってんだよ」
「んふふ、優しい誠ちゃんはとーっても好きだよ」
そう言ってギューッと俺の腕を痛いくらい抱きしめる。
俺は恥ずかしさのあまり、綾音から目を逸らす。
それでも綾音は嬉しそうにニコニコと俺に微笑みを向ける。
「……ふんっ」
「あはっ! 誠ちゃん、ありがとう」
「…え?」
「私からもお礼だよ」
綾音の奴・・・聞こえていたのか?
「お前……ちゃんと聞いていたな?」
「なにがぁ?」
「なにがって…」
「んふふ、秘密だよ」
月光と外灯に照らされて伸びる影。
遠くを差すように長く長く伸びる人の影。
あのとき見た影はもう見えない。
今は寂しくたったの1つだけ・・・
2人でいるのに影は1つ。
綾音を比定するかのように虚しく影が地面に浮かぶ。
あの頃の長い髪を映す影は欠片もなく、あるのはどうでもいい俺の影だけ。
だけど、俺にはなんとなく見えた。
少しだけど、一瞬だけど・・・
俺と綾音が寄り添った、何処までも伸びる2つの影が・・・
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