第8話『想い出の場所』
第8話
『想い出の場所』


「誠ちゃん、どこに行くの?」

「俺達の想い出の場所だ」

俺は綾音を連れてある場所に向かった。
俺達の想い出の場所。
綾音と初めて出会い、共に過ごしていた場所。

「ここだよ」

「あ、ここって…」

想い出の場所に着いたとき、綾音が声を上げた。
その顔は嬉しそうな懐かしそうなそんな顔。

「さぁ、行くぞ」

「うんっ」

俺は綾音を従えて公園の中に入っていく。
夜の公園は外灯にライトアップされて幻想的だった。
そんな中で照らされる綾音の笑顔。
流れるような綺麗な髪。

「ここによく座っていたね」

そう言って綾音がいつもの長椅子に座る。
木でできたベンチだかなんだかよくわかない椅子だ。
どこを気に入ったのか知らないが、綾音はいつもこの長椅子に座っていた。
そして今も座っている。
その光景は綾音がいたときのことを思い出させる。

「そうだったな」

俺も綾音の真似をして隣に座る。
こうしていると綾音の大切さをヒシヒシと思い知らされる。
こんな風に毎日過ごしていた日々。
軽口を叩き、喋りあっていた日々。

「懐かしいねぇ」

「そう……だな」

あの頃を思い出すように綾音がふっと空を見上げる。
それにつられて俺もなんとなく空を見上げる。
見上げた空は満天の星が浮かび、月がハッキリと見えるほど澄んでいた。

俺は今、この星空を綾音と一緒に見ているんだ・・・

あのときはなんとも思わなかったけど、今にして思えば馬鹿だ。
綾音と大切な時を過ごせたのに俺はそれをしなかった。
人は無くなってから気づくんだな。
物の大切さを失ってから気づくように、人もまた同じ。
その人の温もりが手から離れてしまってから気づく。

でも・・・それじゃぁ、遅いんだ。

「どうしたの? 難しい顔して」

「俺は……バカだった…」

「誠ちゃん?」

「綾音の大切さを失ってから気づいた…」

どうして俺は気づかなかったんだろうな?
失う前に気づきたかった。
綾音の喜ぶことを沢山してやりたかった。

「誠ちゃん…」

「俺は優しくなったわけじゃない、お前の大切さに気づいただけだ」

「…嬉しい」

綾音が俺の肩により掛かってくる。
俺はなにを言ってるんだろうな?
何故か口から言葉が次々と出てくる。
今ならなんだか素直に言える気がする。

「俺はもう後悔はしたくない」

「………」

「綾音の望むことを沢山してやりたい」

「………」

「それが……俺ができる唯一の罪滅ぼし」

それが俺が唯一綾音にできること。
今まで綾音を大切にしてこなかった自分への罰。
自分の気持ちに気づかなかった罪。

「そんなこと言わないで」

「綾音?」

「私は気づいてたよ、誠ちゃんが子供の頃から私のことを大切にしてくれたのを…」

「………」

本当のことを言うと俺は不器用なりに綾音を大切にしてきたつもりだ。
素っ気ない態度をとりながらも、いつも綾音を気にしていた。
だけど、それは所詮言い訳に過ぎない。

「そんなこと……ない」

「あるよ、寂しがり屋の私をいつも相手にしてくれたよ」

「そ、それは…」

「やり方が悪戯したりからかったりだったけど」

「………」

「誠ちゃんは素直じゃないから……照れ隠しなんだよね?」

なんでもお見通しってわけか。
綾音にはかなわないな・・・嘘はつけないって事か。

「だから、綾音を大切にしてやりたいんだ」

「え?」

「彼女として…」

ひゅぅぅぅ〜
公園に冬の寒い風が吹き込む。
それは俺達に強く吹きつける。
俺は夜の風に体をひとつ震わせ、襟首をキュッと寄せる。

「誠ちゃん、寒いの?」

「大丈夫だ。お前は?」

「私は大丈夫だよ」

綾音はそれを証明するように何一つ辛そうな顔をしない。
やはり気温を感じないんだろう。
何事もないように平気な顔をして座っている。
俺は綾音のそんな姿が寂しそうに見え、自分の上着を脱ぐと綾音に羽織らせた。

「誠ちゃん?」

「寒いだろ? 着とけ」

「わ、私は…」

「少しは俺に格好つけさせろよ」

そう言うと綾音は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そんな綾音の頭に手を置き、優しく撫でる。
綾音の綺麗な長い髪がゆらゆらと揺れ、外灯に反射してキラキラ光る。

「ねぇ、誠ちゃん」

「うん?」

「お願い、キスして」

「え!?」

綾音はそれだけ言うと目を閉じて俺の方に唇を向ける。
キスだと?
いきなりそんなこと言われても・・・

「あ、綾音?」

「私を彼女として見てくれるなら……して」

「………」

俺も男だ。
自分の言ったことは守る。
それに綾音は俺の彼女なんだ!

俺は綾音の前髪をそっと払い、小さな額にチュッとキスをした。

「……あっ」

「はい、おしまい」

「むぅ〜〜」

綾音が目を開けて避難の声を上げる。
恨めしそうに俺を睨み、頬を膨らませて怒る。

「むぅ〜〜むぅ〜〜」

「ははは、ちゃんと言われたとおりにキスをしたぞ?」

「わ、私は唇にしてほしかったのにぃ〜」

そんな恥ずかしいことができるかっ!
いくら俺だっていきなりそんなことは出来ない。
どれだけお前が大切でも、順序ってものがあるだろうが・・・

「さて、帰るぞ」

俺は立ち上がり、少し伸びをする。
そして俺につられるように怒り顔のままで立ち上がる綾音。

「ほら、機嫌直せよ」

「むぅ〜〜知らないっ」

そう言いながらも俺の腕にしっかり抱きついてくる。
やれやれ、こうなったら綾音はなかなか機嫌を直してくれないからな。
気長に待つか・・・

「…綾音」

「むぅ〜〜」

「別にお前のことが嫌いなわけじゃない、誰よりも大切なんだ」

「むぅ〜……」

「まぁ、それだけだ」

そして一言も会話を交わすことなく帰路につく。
綾音は俺に抱きついたまま膨れっ面。
俺はそんな綾音を呆れながらも可愛く思う。
俺達の関係は変わってないんだと教えてくれるようだ。

「なぁ、綾音」

「むぅ〜〜」

「俺が悪かったよ」

「…いくじなし」

「わりぃ」

綾音の責めに俺は素直に謝る。
すると綾音は納得したのか、渋々ながらも許しの言葉を述べる。

「今回は許してあげる」

「ありがと」

「次はちゃんと唇にしてね?」

「……善処するよ」

想い出の場所を名残惜しそうに去る。
俺達の出会った場所。
小さい頃から一緒に遊んだ場所。
大きくなっても一緒に立ち寄った場所。
これからもずっと一緒に過ごすと思っていた場所。

そう、だよな・・・

まだ終わったわけじゃないんだよな。
綾音がいる限り、まだ想い出を作ることはできる。
過去にするにはまだ早すぎる。

この公園はまだ過去の場所じゃない・・・





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