第9話『大切だから』
第9話
『大切だから』
チュンチュン・・・
眩しいくらいの朝日に鳥の囀り。
朝の定番というものを目覚まし時計代わりに俺は目を覚ます。
冬を思い知らされるように寒い部屋。
こんな日は毛布から出たくないのが人の常。
「……うぅ、ぶるぶる」
冗談抜きで今日は寒い。
毛布の中でも少し震える俺の横で、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る綾音。
こういうときは、なんだか綾音がとてつもなく羨ましく思える。
「……寒いのは苦手だ」
愚痴のように呟きながら、綾音の髪を優しくすくう。
その髪は透き通るようにサラサラと俺の指から落ちていく。
とても女性らしい長い髪。
それは少し子供っぽい綾音を大人らしく見せる効果もあるようだ。
「可愛い寝顔に綺麗な髪……アンバランスだな」
でも、髪の短い綾音は想像できないな。
今までずっと、初めてあったときから綾音は髪が長かったから・・・
どうしてだろう?
ふとそんな疑問を抱く。
綾音はなぜ髪を伸ばしているのだろう?
「お前はどうして髪を伸ばしているんだ?」
夢の中にいる綾音に尋ねるが答えが返ってくるはずがない。
そりゃそうだよな。
寝ている人間が答えたら、それはそれで恐い。
「それはね、誠ちゃんのせいだよ?」
「うぉっ!? あ、綾音?」
寝ているはずの綾音の目がゆっくりと開かれる。
綾音の奴、起きていたのか?
俺は内心驚きながらも平静を装って話す。
「起きているならちゃんと言えっ」
そう言って綾音の額を指でピンッと弾く。
すると綾音は額をおさえて大げさに叫ぶ。
「ぐす……誠ちゃんがいじめるぅ〜〜」
「お、俺はいじめてなんかいないぞ? からかっただけだ」
「お、同じだよぉ〜」
綾音が情けない声で泣く。
いつもながら子供っぽい奴だ。
でも、そこが俺が好きになった理由であり、綾音らしさなんだと思う。
「キスぅ〜」
「は?」
「お詫びの印にキスしてぇ〜」
「あ、いや……どうしてそう――」
そこまで言いかけて、俺の視線はふっと飛んでいった。
一瞬、なにが起こったのか理解できず、目をパチパチとする。
そこには綾音の顔が真ん前にあった。
「あ、ああ綾音?」
「誠ちゃん、んん…」
綾音はそっと目を瞑り、唇を突きだす。
それを見た俺はすぐさま離れようとしたが、無理だった。
なぜなら綾音の腕が俺の首にしっかりまわされていたからだ。
「は、離してくれ…」
「キスしてくれたら離してあげる」
綾音は目を瞑ったまま言う。
俺は少し力を入れて離れようとしたが、やっぱり無理だった。
綾音は思いの外、力強く抱きしめているようだ。
何度も何度も離そうとしても、意味のない時間を費やしたうえに無駄な努力だった・・・
「諦めなさい」
「……い、いやだ」
「誠ちゃん…」
こんな形で綾音とキスなんかしたくない。
綾音とは自分の気持ちを伝えられるようになってからしたいんだ。
それが俺なりのケジメ。
「私のことが嫌いなの? 大切って言ってくれたのは嘘なの?」
綾音が閉じていた目をゆっくりと開け、真剣な眼差しで尋ねてくる。
俺はそんな綾音の目をじっと見つめて言った。
「そんなことはない」
「じゃぁ、どうしてキスしてくれないの?」
「そ、それは…」
「私……そんなに魅力ない?」
俺は綾音の問いに小さく首を振り、長い髪をそっと撫でる。
そして、綾音の手を取って高鳴る自分の胸に当てた。
「綾音に魅力がなかったら、こんなにならないさ」
「せ、誠ちゃん…」
「綾音が嫌いなわけじゃない、それだけは信じてくれ」
「う、うん。疑ってごめんね」
残った綾音の手が俺の首から離れる。
そんな綾音の前髪をそっと払い、額にチュッとキスをする。
「今はこれしかできないけど我慢してくれ」
「そ、そんなこと……ないよ」
なんだかいい雰囲気の俺達。
この空気に飲み込まれて今にも綾音にキスしてしまいそうになる。
だが、勢いや空気に飲まれてしてしまってはいけない。
コンコン・・・ガチャッ
そんな時、ちょうどタイミング良く部屋に誰かが入ってきた。
これでこの空気が変わる。
なんとか自分を抑えることができるな・・・
「千奈か?」
「ううん、砂奈だよ」
そう言って部屋に入ってくる砂奈。
再び遭遇。
家政婦は見た!ってやつだな・・・
「…あっ」
「さ、砂奈か……お、おはよう」
「お、おおおおおおおおはよう」
誰が見てもわかるぐらい動揺している。
まさか、砂奈に見られるとは・・・なにかと縁がありそうだな、オイ。
「さ、砂奈ちゃん…」
俺の下で顔を真っ赤に染める綾音。
さっきまで積極的だった姿は欠片もなく、今では大人しくなってしまった。
「ご、ご飯が出来てるから早く来てねっ」
それだけ言うと砂奈は逃げ出すように部屋を出ていった。
ドアを閉め忘れたのは言うまでもない・・・
「さて、飯でも食って学校に行くか」
「うん、いってらっしゃい」
綾音は俺の顔を引き寄せ、頬にキスをする。
俺はそんな綾音の行動に恥ずかしさを感じながらも、心が温かくなる自分がいた。
綾音のどんな行動も俺にとっては嬉しい限り。
積極的な行動も、控えめな行動も見ていて楽しくなってくる。
そんな綾音との時間。
綾音が生きていたときは感じなかった温もり。
俺は気づいたから。
綾音はどんなになっても綾音。
幽霊だろうと悪霊だろうと綾音を想う。
綾音が大切だから・・・
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