第10話『幼き日の約束』
第10話
『幼き日の約束』


お昼の静かな時間。

この家にいるのは私ひとり。
誠ちゃんの部屋でなにをするわけでもなく、ベッドにごろんと寝っ転がる。
ベッドに体を沈めるだけで、なんとなく安心できる。
誠ちゃんの温もり、誠ちゃんの匂い・・・
それら全てが手に取るようにわかるような気がする。

「誠ちゃん……忘れているんだろうなぁ…」

私はふと朝に言われたことを思い出す。
私が髪を伸ばした理由。
それは誠ちゃんが大いに関係している。
誠ちゃんに言われたからと言っても過言ではない。

「忘れちゃったよね?」

誰に言うわけでもなく呟く。
一つため息を吐き、昔のことを思い出す。
あれは小さい頃の話。
幼き日の約束。
私にとって大切な、忘れることの出来ない約束。

………

『ねぇ、綾音ちゃん』

『ん? なぁに?』

いつものように公園で遊ぶ私達。
そんな時、誠ちゃんが私に尋ねてきた。

『どうして髪を伸ばしているの?』

『髪?』

『うん』

誠ちゃんの質問に私は腕を組んで考える。
でも、特にコレといった答えが浮かばなかった。
だから私は適当に答えた。

『好きだから』

『ふ〜ん、僕も髪が長いのは好き』

『え? ほんと?』

『う、うん』

照れながら頷く誠ちゃん。
嬉しいなぁ〜♪
誠ちゃんが喜んでくれるなら伸ばしてみようかな?

『誠ちゃんは髪の長い綾音は好き?』

『う、うん。好きだよ』

『あはっ』

ハッキリ言われちゃった。
これは伸ばさなくっちゃね☆

『綾音ね、これからも伸ばしてみるよ』

『え?』

『そしたら誠ちゃんのお嫁さんにしてくれる〜?』

『うんっ、長い髪の綾音ちゃんをお嫁さんにする』

『わーい』

………

遠い昔の出来事。
心にしまっている大切な想い出。

私が髪を伸ばした理由。

それは誠ちゃんの一言。
誠ちゃんとの約束。
子供ながらに嬉しかった言葉。

「そんな約束、憶えているはずないよね…」

誠ちゃんは忘れているに違いない。
だけど私は憶えている。
今もそれを望んで髪を伸ばし続けている。

約束は約束・・・

たとえ今は忘れていても、いつか思い出してくれるかもしれない。
そんな僅かな可能性に思いを託す。
私は夢を見ているだけなのかもしれない・・・
幻想を抱いているだけなのかもしれない・・・

「それでも私は…」

コンコン・・・ガチャ

ドアを叩く音がしたかと思うと、小さな子が部屋に入ってきた。
私はその子に声をかける。

「千奈ちゃん、帰ってきたの?」

「うん」

千奈ちゃんがパタパタとこちらに走ってくる。
そんな千奈ちゃんを抱き上げて自分の膝の上にポンと乗せた。

「おかえり」

「ただいまぁ、綾ねぇたん」

「んふふ、可愛い」

千奈ちゃんの短い髪を撫でる。
いつも私にベッタリの千奈ちゃん。
なんだか私の娘みたい・・・

「千奈ちゃんはお姉ちゃんの子供になる?」

「うんっ、なる〜」

私の冗談におっきな声で答えてくれる。
とっても可愛い千奈ちゃん。
生きていたときは千奈ちゃんの面倒を私が見ていたっけ・・・

「綾ねぇたん」

「なぁに?」

「綾ねぇたんはおにぃたんが好きなの?」

「え? うん、そうだよ」

「千奈もね、好きな人がいるんだぁ」

あらら、最近の子っておませさんね。
千奈ちゃんは嬉しそうに話しながら、足をパタパタ振る。

「千奈ちゃんの好きな人って誰?」

「うーんとね、同じクラスのさとしくん」

「そのさとし君ってどんな子?」

「千奈にイタズラばっかりしてくるの」

悪戯っ子か・・・
そう言えば、誠ちゃんも悪戯好きだったなぁ。

「でもねぇ、千奈が他の子にいじめられたら助けてくれるの〜」

「んふふ。男の子はね、好きな女の子には意地悪したくなるんだって」

「へぇ〜」

目をまん丸にして頷く千奈ちゃん。
クリクリした瞳がキョロキョロ動くのは見ていてなんだか楽しい。

「千奈はさとしくんのお嫁たんになるのが夢なの」

「そ、それはそれは…」

近頃の子供って・・・

「千奈ちゃん」

「うん?」

「千奈ちゃんの夢、叶うといいね」

「うんっ」

夢。
私だって夢がある。
幼き日の約束、それが叶うことが私の夢。

古くさいかもしれない・・・
子供っぽいかもしれない・・・

だけど、私は死んでしまったから。
生きている誠ちゃんのお嫁さんにはなれない。
でも、許されるなら・・・
こんな私を選んでくれるなら・・・

「綾ねぇたん?」

「あ、うん。なに?」

「どーしたの?」

「ううん。なんでもないよ」

千奈ちゃんの夢、叶うといいね。
幼い頃の夢だけど、それは大切なもの。
ずっとずっと持ち続けるかもしれない想い。

本当、叶うといいね・・・





トップへ戻る 第11話へ