第11話『師匠は私』
第11話
『師匠は私』


四人そろっての夕飯。

テーブルからは食欲をそそるかのような匂い。
見ていて涎がこぼれてきそうな料理。
いつも見る光景だが、綾音が現れてからは違った。
飯が美味しく感じる。
腹八分目どころか、腹十二分目食ってしまうことがあるくらいだ。

「いただきまーす」

四人の掛け声が重なり、食事の時間がはじまる。
俺はまず味噌汁に口を付ける。

「ずず……うまいな」

「ありがと」

砂奈が照れたように微笑む。
ずっと目の前にあった味。
俺を励まし続けてくれた笑顔。
綾音を失ってからの俺は、それらの全てを否定していた。
今になって大切なことだと気づくとはな。

「ほんと、砂奈ちゃんのおいしいねぇ〜」

「そ、そんなことないよ」

「ううん。私が教えることはもうないよ」

「お、大げさだよ…」

そうだった。
砂奈に料理を教えたのは綾音だった。
母親が亡くなった後、一家の料理は綾音が作ってくれた。
でも、砂奈が大きくなってくると自分から台所に立つようになった。
そしてその砂奈に教えたのが綾音。
だから砂奈の味は綾音の味であるとも言える。

「おにぃたん、美味しいね〜」

「ああ」

ハンバーグを美味しそうに食べる千奈にニッコリ微笑む。
このハンバーグも砂奈の手作りである。
そう思うと綾音のレパートリーも沢山あるな・・・

「でもさぁ、私の料理が美味しいって事はお姉ちゃんの料理も美味しいって事だよね?」

俺の隣に座る砂奈が俺に意見を求めてくる。
それにつられて手前にいる綾音も俺を見つめる。
おいおい、一体なんだよ・・・

「そうだよね? お姉ちゃん」

「うーん、そうかなぁ?」

「だよね、お兄ちゃん」

「……砂奈の料理はうまいな」

「わ、私のは?」

不満そうな眼差しを向ける綾音。
まったく、俺も素直じゃないな・・・
本当は綾音の料理も大好きなはずなのに・・・

「それはそれ、これはこれ」

「うぅ〜、ひどいよ〜」

「お兄ちゃんったら…」

砂奈の呆れたような言葉を無視して料理を口に放り込む。
もぐもぐ、それにしてもうまい。
ちょっとしたレストランより遥かにうまい。

「うんうん、砂奈の料理はうまいな〜」

「誠ちゃ〜〜ん」

「もぐもぐ…」

「むぅ〜〜」

膨れっ面をしながらもしっかり料理を食べる綾音。
死んでるくせに食い意地がはってやがる。
新種の幽霊だ・・・今度テレビにでも投稿してやろうか。


〜 次の日 〜


いつものように朝日と鳥の囀りに起こされた俺。
今日は珍しく綾音が先に起きているようだ。
素早く着替えると、台所に向かう。

「おはよ〜」

「あ、お兄ちゃん。もう少しでできるからちょっと待ってて…」

「ああ」

慌ただしく台所を駆け回る砂奈。
それと長い髪をなびかせながら動き回る綾音。
砂奈に負けないぐらい手際がよい。
いや、砂奈以上かもしれない・・・

「千奈、おはよう」

「おにぃたん、おはよぉ」

元気いっぱいで答える千奈の隣の席に腰を下ろす。
ふとテレビを見てみると、子供が見るような番組が映っている。
千奈はそれに釘付け状態。
俺はそんな千奈を見て、なんとなく昔の自分を思い出す。
幼き頃の俺。
俺もこんな番組を見ていたな・・・

「千奈」

「………」

テレビに釘付け状態の千奈はなにも答えない。
だけど、俺はそれにムッとせず千奈の頭を何気なく撫でる。

「…おにぃたん?」

「面白いか?」

「うんっ!」

目を輝かせる千奈。
かつて俺も持っていた瞳。
千奈を見ているとなんだか羨ましいような、懐かしいような気がする。

「えへへぇ〜」

「千奈は可愛いな」

「うんっ、かわいい〜」

可愛いと言われて千奈は照れたようにはにかむ。
そんな千奈の姿に俺の心がポッと温かくなる。
それは家族の温もり。
兄妹でしか感じることのできないもの。

「優しいんだね」

「んあ?」

俺と千奈のやり取りを見て、綾音がそう言った。
俺はなんだか恥ずかしくなり、千奈から手を離す。

「そ、そんなことねーよ」

「んふふ。照れない照れない」

「…ったく」

嬉しそうに微笑みやがって・・・
なんで俺が照れなきゃいけなんだよっ。
俺は綾音に目を合わせないようにそっぽを向く。

「誠ちゃ〜ん」

「………」

「わ〜ん、怒っちゃやだよ〜」

「………」

「こ、これ朝食だから食べてね」

コトン。
目の前にパンとコーヒーが置かれた。
俺はそれを不機嫌そうに掴み、口につける。

「ずず……うまい」

さすが砂奈だな。
砂糖の加減といい、コーヒーの割合といい・・・うまい。
よく俺の好みを知っているな。

「ずず……砂奈の奴もやるな」

「…誠ちゃん」

「ん?」

「それ、私が煎れたの…」

「………」

な、なんだと?
綾音がこれを煎れたのか?
いやいや、そんなことより俺の言った言葉は・・・つまり・・・

「……え、えへ」

「………」

「う、嬉しいな♪」

「………」

一生の不覚。
俺ってば墓穴を掘ったのか?
昨日、綾音に言ったことを自分が覆してしまうとは・・・

「んふふ〜」

「あー、俺の味覚も朝は寝ぼけているようだ」

「ええー!?」

「いや、マジで」

「むぅ〜〜! なんでそんなこと言うのっ」

子供のように頬を膨らます綾音。
これだから綾音をからかうのは止められない。
綾音本人はそれに気づいていないだろうな・・・

「よく飲んでみると、大したことないな」

「むぅ〜〜むぅ〜〜」

「やっぱ、砂奈に限るよな」

「むぅ〜〜〜砂奈ちゃんの師匠は私なのに…」

師匠って・・・
そんな大層なモンでもないだろう。
いや、どうだろうな?
案外、凄いことなのかもしれない・・・
綾音が砂奈に料理を教えていなかったら、今頃どんな料理が並んでいただろうか?

「むぅ〜〜むぅ〜〜」

「そう、怒るな」

「むぅ〜〜」

「綾音の煎れたコーヒーもうまいよ」

「え?」

「………」

綾音が目をパチクリして俺を見つめる。
どうやら俺に言われた言葉がすぐに理解できていないようだ。

「せ、誠ちゃん……それって本当?」

「………」

「もう一回、言って?」

「あー、綾音の煎れたコーヒーは大したことないな〜」

「もうっ、誠ちゃんったら〜!」

本当、これだから綾音をからかうのは止められない。
まぁ、綾音だって本気で怒っているわけではない。
俺達の関係はこんな感じで成り立っているのだから。

いつも綾音をからかう俺。
そんな俺にいつもついてくる綾音。
俺だって本気で綾音をいじめたことは一度もない。
綾音もそれはわかっている。
そうやって綾音の相手をするのが俺の唯一のできること。

素直じゃない俺が唯一できること・・・





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