第12話『迷い子』
第12話
『迷い子』
静寂と暗闇が夜の公園を包む。
そんな中で長椅子に腰をかける俺と綾音。
綾音のお気に入りの意味不明な木製の椅子。
いや、本当は木製なのかも怪しいものだ。
木でできてるとは俺が勝手に思いこんでいるだけのこと。
もしかすると未知の金属などで作られているかも・・・
「せ、誠ちゃん?」
「んあ?」
「唸りながらなにを考えているの?」
「…別に」
どうやら唸っていたようだ。
我ながらなに馬鹿な事を考えているんだろうか。
この椅子がなにで作られていようとどうでも・・・いいのか?
俺達はこれに座っているんだぞ?
もし、これが宇宙人の仕掛けた罠だとしたら・・・
「誠ちゃ〜ん」
「んあ? なんだ?」
「また唸ってるよぉ」
「………」
もう止めよう。
こんな無駄なことを考えるのは止めよう。
「なにを考えていたの?」
「なにって…」
綾音は興味津々といった顔で尋ねてくる。
さてさて、本当のことを言った方がいいのか・・・
それとも違うことを言った方がいいのか・・・
「いや、綾音の服装が気になってな…」
「私の服装?」
とりあえず俺は誤魔化すことにした。
それに綾音の服装も実は気になっていたのだ。
そう、綾音はどうしてそんな格好なのか・・・
「どうして俺のトレーナーを着ているんだ?」
これが一番の疑問。
スカートは砂奈にでも借りたんだろう。
だが、俺のトレーナーを着る理由がわからん。
「スカートは砂奈にでも借りたんだろう?」
「うん」
「じゃぁ、なぜ上も借りないんだ?」
「なんとなく、誠ちゃんのトレーナーが気に入ったから…」
そ、それだけの理由か?
ほんとーにそれだけの理由なのか?
いや、綾音なら不自然じゃない。
綾音は昔からこういう奴だったじゃないか。
「……それだけか?」
「そうだよ」
「………」
がっくり肩を落とす俺。
綾音に期待した俺がバカだった・・・
自分で言うのもなんだが、俺はなにを期待していたんだろうな?
「……??」
「いや、気にしないでくれ」
「う、うん」
綾音は困惑しながらも納得した。
なにを納得したのかは知らないが・・・
「……はは」
「誠ちゃん?」
「はははははは」
なんだか可笑しくなってきた。
綾音とのやり取りがこんなに面白いなんて知らなかった。
当たり前だと思っていた事がこんなに楽しいとは・・・
「なにが可笑しいの?」
「ふふっ、なんでもないよ」
「変な誠ちゃん」
「なにおう!?」
俺を変人呼ばわりする綾音にいつものように指で額を弾く。
すると綾音は額を抑えながら恨めしそうな瞳で俺を睨む。
だからそんなに強くしてないって・・・
「いじめないでよぉ〜」
「いじめてない。からかっただけだ…」
「お、同じだよぉ〜」
綾音は頬をぷぅ〜と膨らませて怒る。
こんなところも相変わらずだな・・・
夜の公園に一陣の風。
それは俺の体をひとつ震わせ、現実に引き戻す。
外灯に照らされ伸びる影がひとつ。
「……ふぅ」
「ため息なんか吐いて……どうしたの?」
「なんでもない」
心配する綾音に手を振り、影を眺める。
やはりそうなのか・・・?
俺のすぐ隣にいるのに・・・
綾音を否定するのかよっ!
心の中で呟く。
見上げた空は前と同じ満点の星々を映していた。
俺はそっと目を閉じ、少し考える。
綾音の存在。
綾音のこと。
綾音の気持ち。
わかるはずもないが考える。
綾音が俺の前に現れた理由。
それはただ俺に会いたかったから?
それとも俺を放っておけなかったから?
それとも俺が頼りなかったから?
どれをとっても答えは出ない。
考えるだけ無駄かもしれない・・・
「きゃぁっ〜」
「ど、どうした?」
綾音の突然の悲鳴に俺はすぐさま振り向く。
するとそこには子猫を抱えた綾音の姿。
なんだ、猫か・・・
「……猫?」
あれ?
そう言えば、昔、綾音は猫を飼っていたよな?
「なぁ、綾音…」
「きゃわっ〜♪ 可愛い〜〜☆」
「なぁ…」
「猫ちゃ〜〜ん☆」
聞いちゃいない。
猫を見ると他に目がいかないのはいつものことだ。
それだけにどうにかならないかと思う。
今なら俺が死んでも気づかないだろう・・・
「誠ちゃんっ、誠ちゃんっ!」
「な、なんだ?」
なんだかハリキリ気味の綾音。
嫌な予感がする・・・
「この猫ちゃん飼ってもいい?」
「………」
やっぱり・・・
綾音がこういう態度をとると決まって頼み事だ。
まぁ、それはいいとして、猫を飼いたいとな?
それについて文句はないが、砂奈と千奈はどういうだろうか?
・・・ふぅ、賛成に決まっているよな。
綾音の方をチラって見ると、期待に満ちた目で俺を見つめている。
ここでダメだって言うのはあまりにも可哀想すぎるよな。
まぁ、綾音もひとりだと寂しいだろうし、いい友達になるか・・・
「ああ、別にいいぞ」
「本当!? じゃ〜ねぇ〜、この子は…」
「…っと、待ったっ!」
「な、なに?」
大切なことを忘れていた。
綾音に名前を決めさせると駄目だ。
こいつは名前のセンスが微塵もない。
「猫の名前は俺がつけさせてもらう」
「ええ〜!? どうしてぇ〜」
「お前に任せると変な名前をつけるだろう?」
「へ、変じゃないよ〜」
「じゃぁ、試しに言ってみろ」
俺がそう言うと、綾音は人差し指を顎に当ててうーんと唸る。
今、綾音の頭の中は意味不明な単語が巡っているに違いない。
数秒後、綾音はなにかを閃いたのか、口を開いた。
「この子はね、『ゴジャゴンヌジェ』」
「ごじゃ……なんだって?」
「『ゴジャゴンヌジェ』」
「ごじゃごじぇ……ああー、言いにくいわっ!」
「そんなことないよ〜、ゴジャゴンイェ……あいたっ」
どうやら舌を噛んだらしい。
自分でつけた名前で舌を噛んだのは世界広しどお前くらいだよ。
「いらい…」
「さーて、この猫の名前は……ズバリ『アヤネ』だ」
「あられ?」
うまく喋られないらしく、正しく発音できないみたいだ。
舌を口から出している姿はお間抜けで滑稽である。
「これは決定だ」
「ええ〜っ! そ、それはないよ〜」
復活した綾音を無視して、猫に手を伸ばす。
俺はその小さな体をそっと抱え上げる。
「よろしくな、アヤネ」
「にゃ〜〜ん♪」
「そうかそうか、お前も気に入ったのか……うんうん」
「か、勝手に決めないでよぉ〜」
名前も決定したことだし帰るとするか。
俺は長椅子から立ち上がり、子猫を地面にゆっくり下ろす。
すると子猫は綾音の足下にトテトテと歩いていった。
ところであの猫は捨て猫なのだろうか・・・
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