第15話『願い』
第15話
『願い』
キーンコーンカーンコーン
始業チャイムが鳴る。
いつものように教科書とノートを広げるが手が動かない。
まったく授業の意味がわからないのだ。
これじゃぁ、投げだしたくもなるわな・・・
そう自分に勝手に言い聞かし、ボーっと窓の外を眺める。
空は透き通るくらい晴れ渡っており、鳥たちが飛び回っている。
そんな光景を見ていると、俺の存在なんてちっぽけなものに見えてきた。
悩むだけ無駄だと思い知らされる。
だけど、悩んでしまう。
俺はバカだからいつも悩んでしまう。
綾音のこと。
自分のこと。
綾音の気持ち。
自分の気持ち。
それらのことが頭の中をグルグルと巡る。
そして、今日はもうひとつの事が思い浮かぶ。
『誠ちゃんと学校に行けたらなぁ…』
俺が部屋を出るとき聞こえた言葉。
寂しそうにそう言った綾音の顔。
その表情が頭から離れない。
今の俺が綾音にしてやれること。
それは綾音の望むことを叶えてやることだけだ。
だけど、そんな綾音の願いも叶えてやることはできない。
綾音が望んでいるのに何一つしてやれない。
自分の非力さが悔しい。
綾音の悲しいそうな顔は見たくない。
怒っていてもいい、喜んでいてもいい・・・
そんな綾音の顔が見たいんだ。
俺に怒ってくれて、喜んでくれて。
それだけでいいんだ。
俺の欲しいものはそれだけなんだ。
「……ふぅ」
一つため息を吐き、ぐるりと教室を眺める。
真面目に勉強する生徒。
コソコソと漫画を読んでいる生徒。
携帯でメールを打っている生徒。
机に突っ伏し爆睡している生徒。
いろんな生徒がいる。
その中に綾音もいた。
あの頃は綾音もいたんだ。
だが、今はいない。
綾音は死んでしまったから。
俺の前に現れたけど、死人にはかわりないから。
「……ふぅ」
再びため息を吐く。
俺はふと昔のことを思い出した。
綾音は真面目で勉強もでき、成績もよかった。
それに比べ俺は不真面目で、成績もガタガタだった。
普通ならそんな俺に愛想を尽かすはずだ。
それなのに綾音は俺に優しく、好意を寄せてくれた。
なぜだ・・・?
綾音は俺のどこを好きになった?
自分で言うのもなんだが俺はダメダメな人間だ。
何一つできることはない。
凡人以下といっても過言ではないと自分でも思う。
じゃぁ、俺は綾音のどこを好きになった?
自分に問う。
綾音が賢いから?
料理が人並み以上に上手だから?
外見が凄く可愛いから?
まぁ、それもあるだろう。
だけど、それだけじゃない。
俺が好きになった理由は綾音が綾音だから。
それ以上でもそれ以下でもない。
カリカリカリ・・・
なにかを思い立った俺はノートにペンを走らす。
そして書いた文字。
『綾音を好きになった理由。それは綾音が綾音だから』
白紙のノートに唯一書かれた文字。
自分にしっかりと刻み込むように記された言葉。
綾音も俺と同じなのかもしれない。
そう思うのは自惚れなのかもしれない。
綾音が俺を好きだと言ってくれるから勘違いしているだけかもしれない。
だけど、そう思いたい。
何一つ取り柄のない俺に綾音が想いを寄せてくれる。
その理由が欲しいだけなのかもしれない。
「学校か…」
綾音の願い。
なにがなんでも叶えてやりたい。
なにも出来ない俺ができること。
綾音の気持ちに応えるために・・・
「それが俺なりにしてやれること…」
自分にそう言い聞かす。
俺は俺の出来る範囲で全力を尽くす。
たとえ無理だとわかっていても諦めるものか。
無駄な努力でもしてやるさ・・・
綾音の願いを叶えるために・・・
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