第19話『戻った時間』
第19話
『戻った時間』
「綾音、外に行くぞ」
「え? あ、うん」
戸惑い気味の綾音を強引に外に連れ出す。
鞄を持ち、必要な物をしっかり確認して家をでた。
………
夜の道。
空は少し雲が架かっているが、その隙間から星々が見える。
月もときどき姿を見せるなど、どことなく神秘的に感じる夜。
「ねぇ、誠ちゃん」
「なんだ?」
「どこに行くの?」
いつもと違う道を歩く俺に綾音が尋ねてくる。
俺はそれに適当に答え、足を進めた。
「ふっふっふ、夜の町を歩くのだ」
「ええ〜!?」
劈くような声が夜空に響く。
そんなに大声だしたら他の人にバレるって。
「おいおい、そんなに驚くなよ」
「だ、だってぇ〜」
「冗談だ」
「え? ええっ!? 冗談?」
ポカンと口を開ける綾音。
マヌケ面を見せられると、ついついからかいたくなってしまう。
「むぅ〜〜! また私をからかってぇ」
「いつも騙されるお前が悪い」
「むぅ〜〜むぅ〜〜」
頬をぷぅーと膨らませる姿はまさに子供。
そんな子供っぽい仕草も綾音らしいと思う。
「綾音〜」
「ぷんっ! むぅ〜〜」
「き、機嫌を直してくれよ」
「ぷーんだ」
ふぅ、拗ねてしまった。
これまた気長に待つしかないな・・・
無言の俺に、ふてくされている綾音。
2人で歩く夜道。
伸びる影はひとつだけ。
それを見るたびに気が重くなる。
寂しい気持ちになってくる。
綾音の存在を疑ってしまう。
綾音は本当に俺の前にいるのだろうか?
そんな疑問が心の中で渦巻く。
隣を見ると、俺より頭ひとつ分小さい綾音の姿。
長い髪が風になびき、月の光にキラキラと照らされる。
今まで見てきた姿。
これからも見ていきたい姿。
ずっとずっと側にいてほしい存在。
「…あやね」
「あっ…」
俺はそっと綾音の肩を抱き、自分に寄せる。
初めて手に掛けた綾音の肩。
それはとても小さく、儚い存在だと思わせた。
こんな日は素直になれる・・・
心の中で呟く。
いつも素直じゃない俺だけど、こういうときは自然とできる。
強がりをしなくてすむ。
綾音を身近な存在だと感じることができる。
「はじめて……だね」
「………」
「誠ちゃんが肩を抱いてくれたの」
「そうだな」
綾音は嬉しそうな、それでいて悲しそうな表情を見せる。
ずっと前からしてほしかったんだろう。
俺は素直じゃないから。
綾音にこんなことすらしてやれなかった。
「温かい」
「………」
「誠ちゃんの温もりを感じる…」
幸せそうに目を細める綾音。
目尻には光る滴。
それを見た俺は力強く綾音の肩を抱く。
「綾音の望むことを叶えてやる」
「…え?」
「俺がお前にしてやれること」
「……どういうこと?」
「まぁ、行けばわかる」
俺は綾音の肩を抱いたまま目的地に向かう。
その足取りは軽く、いつもより楽しい。
あの頃を思い出す。
もう戻ることのない時間。
そう、俺は思っていた・・・
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