第20話『もうひとつの想い出の場所』
第20話
『もうひとつの想い出の場所』
「こ、ここって…」
目的地に着いたとき、綾音が声を上げた。
「俺達のもうひとつの想い出の場所…」
そう言って見上げた建物。
いつも一緒に来ていたこの場所。
毎日のように2人で見ていた場所。
「懐かしいな…」
俺はそっと呟く。
綾音とこうしてまた来れるなんて夢にも思わなかった。
あの時間を取り戻せるなんて信じられなかった。
でも、綾音と俺は“今”ここにいる。
それは確かな事実。
「ぐす……あ、ありがとう…」
綾音の目から涙が零れる。
何度も目尻を拭うが、涙はとめどなく溢れてくる。
夜の闇に光る涙。
それは綾音の心を映しているような・・・
そんな涙。
「これぐらいで泣くなよ」
「うんっ、うんっ…」
それでも綾音の涙は零れ続ける。
だが、恥じることではない。
その涙は綾音が存在している証拠。
俺はそう自分に言い聞かせる。
「誠ちゃんと……また学校に来ることができるなんて…」
「…綾音」
「夢みたい……私、本当に…」
俺は無言で綾音の頭を撫でる。
2人で通っていた高校。
閉まった校門の前で立ちつくす俺達。
綾音はそれだけで嬉しそうだった。
でも、まだだ。
まだやることが残っている。
綾音の願い、最後まで叶えてやる・・・
「ほら、泣いてないで行くぞ」
「ぐす……え?」
綾音の手を引っ張って校門の前まで行く。
夜の学校。
真っ暗で薄気味悪いが、綾音がいるからそんなものは感じない。
綾音と一緒に高校に来た・・・
その事実がなによりも嬉しかった。
「…よっと」
俺は綾音から手を離し、校門の上に飛び乗る。
そして下にいる綾音に手を伸ばす。
「掴まれ」
「え? ええ?」
困惑しながらも綾音は手を伸ばしてくる。
俺はその小さな手を掴み、グッと引っ張り上げた。
「…きゃっ」
小さな悲鳴と共に綾音の小柄な体が浮く。
体勢を崩しそうになる綾音をキュッと抱きしめ、そのまま校門を飛び降りる。
「…っと」
見事着地した俺は綾音を解放し、手を引っ張って建物に向かう。
そんな俺に綾音は無言のままついてくる。
綾音は自分に起こっている状況がわかっていないんだろう。
でも、それの方がかえって都合がいい。
行けばわかるから。
そうすれば俺のしたいことがわかると思うから。
………
コツコツ・・・
暗い廊下に響く足音。
できるだけ足音を立てないように歩くが、やはり響いてしまう。
いつもは人の足音などわからないぐらい賑やかなのにな。
こんな学校は学校じゃないみたいだ。
「せ、誠ちゃん…」
やっと口を開いた綾音。
その顔はどこか心配そうだった。
「なんだ?」
「や、やっぱりダメだよ」
「なにが?」
「窓から勝手に入るなんて…」
そう、俺達は窓から建物に入ってきたんだ。
だが、都合よく窓が開いているはずがない。
俺が誰も気づかないような場所を選んで帰る前にカギを外しておいたのだ。
「いいからいいから…」
「うぅー、よくないよぉ〜」
抗議する綾音の顔もどこか嬉しそうだったりする。
どんな形でも学校に来れたことが嬉しいのだろう。
綾音はいつも笑ったり怒ったり拗ねたりしてはいるが、悲しい顔はしない。
そんな綾音が悲しい顔をして言ったのだ。
学校に行きたいと・・・
それは心の底から望んでいたことだと思う。
だから無茶でも俺は叶えてやりたかった。
綾音の悲しんだ顔は見たくないから・・・
………
「さて、着いたぞ」
「わぁ、なんだか久しぶりって感じがする」
「そうか?」
ガラガラ・・・
気のせいだろうか・・・
いつも重いと感じていた教室の扉も今日は軽く感じる。
中にはいると教室は真っ暗だった。
電気もなにもありゃしない。
あるのは窓から入ってくる月明かりだけ。
でも、それだけで十分だった。
「俺の席に行くぞ」
「うんっ」
綾音を連れて自分の席に向かう。
俺の席は窓側なので、月明かりがたくさん注がれていた。
「これなら電気がなくても大丈夫だな」
「そうだね」
隣の席から椅子を持ってきて綾音を座らす。
そして俺は自分の席に座る。
「さて、勉強でもするか」
「え? 勉強?」
「おうっ、学校に来てするといったら昼寝と勉強だろ?」
戯けたように言うと、綾音がクスッと笑う。
それにつられて俺も笑った。
「お昼寝はともかく、勉強はするね」
「俺は昼寝ばっかりだった…」
「んふふ、誠ちゃんは1日の半分以上寝ていたんじゃない?」
「そうかもしれない…」
夜はグッスリ寝て、昼は学校で爆睡。
俺の人生は寝てばっかりだよな。
「駄目なんだよ…」
「え? ダメって?」
「授業がサッパリついていけないんだ」
「そうなんだ…」
「だから綾音に教えてもらおうと思ってな」
綾音から視線を外し、窓の外を眺めながら言う。
なんとなく照れくさくて直視できなかった。
「…うん、いいよ」
窓の外から注ぐ月明かりは綺麗で、それに照らされる綾音も綺麗で。
長い髪を微かに揺らし、うんと頷いた綾音の顔はとても輝いていて。
今までに見たこともない、とびっきりの笑顔を俺に向けてくれて。
俺の考えを見透かしたかのように目尻には涙が溢れていて。
その笑顔に惹かれる俺がいて・・・
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