壱 狂

『狂』


俺は正気だ。
狂っていない。
そう、俺は正気なのだ。
何一つ狂っていない。

「俺は正気だぁーーーー!!!!」

それだけ叫ぶと、本当に正気に戻った。
俺は戻った。
正気に戻ったのだ。
心の中で叫ぶと、本当に戻った。

「はぁ……はぁ……」

息が荒い。
それは俺の息。

そして、俺の前には何も言わない塊。

“人だった塊”

それが無惨にも転がっている。
暗い景色の中にボンヤリと転がっている“それ”。
“それ”が人だったのは、数分前のこと。

「………ふぅ」

一息つく。
それは確かに人だった。
何かを叫び、なにかに怯えていた。

誰に? 何に?

頭の中で自問自答する。
なぜなら答えはないから。
答えるはずの“それ”は何も語らないから。

「俺は……俺は……」

赤い液体が付着した刃物を持って佇む俺。

狂っているのか?
俺は狂っているのか?
いや、俺は正常だ。
自分のしたことを理解できる。
判断をすることができる。

「そう……俺は正常だ」

なぜなら・・・
なぜなら、それは・・・

「コイツを殺したかったからだ……」




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