六 解放

『解放』


満月が浮かぶ世界。
俺はその中で解放している。
自分をさらけだしている。

「や、やめてくれ……」

サラリーマン風の男が震えた声で言う。
俺に命乞いをする。

「なぜ命乞いをする?」

「き、きみ……バカな真似は止めなさいっ」

「……なぜだ?」

俺は手に握られている物体を月光にさらす。
するとそれは鈍い銀色を放った。
男はそれを見ると、後ずさりし逃げようとする。

「き、きみはおかしい…」

「俺が? おかしい?」

「そ、そうだっ! く、狂っている」

「狂っている?」

狂っている?
俺は狂っているのか?
そんなハズはない。
俺は正常なんだ。
常人なんだ。
決して狂ってなんかいない。

「俺は狂ってなんかいないんだーっ!!」

闇の中で轟く声。
俺の声だけが辺りに響き渡る。

「ひっ!?」

男が逃げ出した。
俺に恐れて逃げ出した。

「なぜ俺を否定するんだよーっ!」

ドスッ!
俺が投げた物体は真っ直ぐに飛んでいき、男の背に刺さった。

「ぐぁぁぁ」

男が悲鳴を上げながら地面にひれ伏した。
俺はその男に近寄ると、躊躇いもなく物体を抜く。

ブシュッ!
鈍い音と共に背中の穴から赤黒い液体が噴き出す。

「ぐぅ……た、助けてくれ」

「黙れっ!」

ザシュッ! ザシュッ!
男の背中に容赦なく物体を突き立てる。

「ぐぎゃぁぁぁぁぁ」

ザシュッ! ザシュッ!

何度も突き立てる。

ザシュッ! ザシュッ!

飽きることなく、気が済むまで何度も何度も・・・

ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!

ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!
ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!

………

………

………

「はぁ……はぁ……」

地面に転がる男はなにも言わなくなった。
体の至る所から血を吹き出しているだけ。
それ以外はなにもしない塊。
それがこの男のなれの果てだ。

「俺は……正気なんだ」

言い聞かせるように呟く。
俺は正気だ。
俺は正常だ。

そうだっ、俺は常に正常だ。
言うまでもないっ、正気なんだ。

「ははは、決まっているじゃないか」

俺は間違っていない。
いや、間違っているかもしれない。
だが、正常だ。
狂ってなんかいない。
おかしくなんかなっちゃいない。

「そうなんだっ!」

ドフッ!
俺は叫びと共に、自分の腹を殴る。

「…ぐふっ」

腹の部分から何かがこみあがってくる。
それはとても気持ち悪い。

「ぐ……ごほごほ」

我慢できなくなった俺は吐き出す。
すると俺の口から赤い液体が流れだした。

ぽた・・・ぽた・・・

地面に小さな水たまりができる。
赤く染まった血の池。
俺はそれを虚ろな瞳で見つめ、冷ややかに口元を緩める。

「く………ははは」

俺の口から乾いた笑いが零れた。




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