七 氷澄
七
『氷澄』
いつものように暗い道を歩く。
導かれるように家に向かう。
服に返り血を浴びた格好のままで歩く。
今日は俺の口から血を流しながら。
ひたすら歩く。
自分の住む場所に向かって。
「……ぐ」
自分で殴った腹が痛む。
また中からこみあがってくるモノがある。
「……うぅ」
ズルズルと体を引きずるように家に向かう。
そして家の前に着くと、あいつがいた。
「きゃぁっ! ど、どうしたの?」
氷澄だ。
氷澄が俺に向かって走ってくる。
「ど、どうもしな――ごほごほ」
俺の口から血が流れる。
飛び出した液体がボタボタと落ちていく。
「だ、大丈夫……じゃないよね!? ど、どうしたらいいの!?」
「……いや、どうもしなくていい」
俺は口元を拭いながら言う。
だが氷澄は『でもでも…』とか言って落ち着く気配がない。
「だって……こんなに血を吐いたら………死んじゃうよっ」
こんなにって、大した量じゃない。
氷澄は服に付いた血も俺の血だと思っているのだろう。
「な、なにか病気なの? こんなに吐くなんておかしいよ?」
「……いや」
「あっ! 前にも血だらけで帰ってきたときがあったよね?」
「………」
「そのときも……これだったんだね」
氷澄がひとり叫ぶ。
かなり勘違いしているが、別に気にはしない。
俺にはどうでもいいことだ。
「だめだよっ、死んじゃだめだよ」
がばっ
氷澄が俺に抱きついてきた。
「涼ちゃんを――した私が言うのもおかしいかもしれないけど……」
「……氷澄」
「死んじゃやだよ! だって…だって……」
そこまで言って氷澄は言葉を詰まらせた。
俺はそんな氷澄を無言で突き放す。
どんっ
氷澄の小柄な体が軽く飛び退く。
「…きゃっ」
悲鳴を上げながら氷澄が尻餅をつく。
そして俺を恨めしそうに睨む。
「いたた……な、なにするのよぉ〜」
「……俺にくっつくな」
「…え? なんでよぉ〜」
「……自分を見て見ろ」
氷澄は俺に言われたとおりにする。
そして甲高い声で騒いだ。
「いや〜ん! 服に血が付いちゃった〜」
「……だから言ったんだ」
「…あう? そ、そうなんだ」
バツの悪そうな顔する氷澄。
そんな氷澄を無視して俺は玄関に向かう。
「ああ〜ん! ちょっと待ってよ〜」
「……ん? なんだ?」
「ええっと……着替えさせて。このままじゃ帰れないから」
「……勝手にしろ」
「うんっ♪」
何故か嬉しそうにする氷澄。
俺はそんな氷澄を引き連れて家に入った。
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