第5話 苦渋の選択
第5話
『苦渋の選択』


泣くな。
お願いだから泣かないでくれ。

俺は――お前の涙を見たくない。

だから、泣かないでくれ。
――雪。

「あ、気がついた?」

ふと目が覚める。

「……真奈?」

「うん、そうだよ」

真奈がいる。
妹が俺の顔をのぞき込んでいる。
俺は――いったい?

「ここは――どこだ?」

俺は尋ねる。
ここは俺の知っている場所ではなかったからだ。

「病院だよ」

「病院? なんでそんなとこに俺はいるんだ?」

「おにいちゃん……憶えていないの?」

真奈が心配そうに言う。

「……そうか」

思い出した。
俺は雪を助けたあと・・・

「俺は――車にひかれたんだ」

「………」

真奈はなにも答えない。
――?
どうしたのだろうか・・・

「どうした?」

「…重傷だったんだよ」

「俺が?」

「うん」

真奈に元気がない。
いつも明るい真奈が・・・

「もう――無理なんだよ」

「無理? なにが?」

「おにいちゃんの身体は…」

「………」

真奈の言いたいことは何となくわかった。
そうか――だから違和感があったんだ。

「わかっているさ、自分の身体だからな」

「…おにいちゃん」

左足に感覚がないことぐらいわかっているさ。
この感覚――左足はもう・・・

「俺の左足は――ないんだな?」

「………うん」

「そうか」

左足に感覚がない。
それが俺が感じていた違和感。
俺は起きあがり、自分の身体を見てみる。

「――膝から下が無いのか」

「………」

真奈は無言だった。

「暗い顔するな」

「おにいちゃん?」

「お前が元気じゃないと、俺はどうしていいかわからないじゃないか」

「…ごめん」

俯く真奈。
俺だってショックがないわけじゃない。
自分はもう――今までのように生活できない。
もう俺は――

「…雪は?」

俺はふと雪のことが気になったので尋ねた。

「雪音さん? 毎日来てるよ」

「毎日?」

毎日?
はて?――俺は何日間寝ていたんだ?

「おにいちゃんが事故にあったのは3日前のことだよ」

「…3日」

俺の知らない間に、そんなに時間が過ぎていたのか。
その間――雪は・・・

コンコン
そんなことを考えていたら、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ」

真奈が答える。

ガチャッ
部屋に入ってきたのは雪だった。

「…雪」

「こ、浩ちゃん……気がついたの?」

雪は信じられないといった顔で俺を見る。

「ああ」

「ぐす……浩ちゃ〜〜ん」

タッタ・・・がばっ
雪が俺に抱きついてきた。

「お、おい」

「ぐす……浩ちゃん…浩ちゃん」

雪は何度も俺の名前を呼ぶ。

「……雪」

俺は雪の頭を撫でようとしたが――やめた。
今の俺は・・・

「私、ちょっと飲み物でも買ってくるね」

ガチャッ・・・バタン
真奈は部屋を出ていった。
俺達に気をつかったのだろう。

「ぐす……ごめんなさい…ごめんなさい」

「…雪」

雪は俺に抱きついたまま何度も謝る。

「私のせいで……ごめんなさい……ぐす」

「…そうだ」

「ぐす……え?」

「そうだ。お前のせいだ」

「こ、浩ちゃん?」

雪は驚いた顔をする。

「お前のせいで、俺は左足を無くしたんだ」

「そう……だよね。私のせいなんだよね」

「………」

雪は涙をぼろぼろ流す。
自分を責めているんだろう・・・

「私、なんでもするよっ! 浩ちゃんの足の代わりにはならないけど、なんでもするよっ」

「じゃぁ――二度と俺の前に現れないでくれ」

「…え?」

「俺の前に二度と現れるな」

「………」

雪が言葉を失う。

「………」

「……わかった。もう浩ちゃんに会いに来ないよ」

「………」

「うう……今まで優しくしてくれてありがとう」

「………」

「楽しかったよ、そして――ごめんなさい」

タッタッタ・・・ガチャッ・・・バタンッ
雪は泣きながら去っていった。

「また――泣かしてしまった」

二度も雪を泣かしてしまった。
だけど――もう、泣かすことはない。
俺から雪はいなくなった。

「すまない――雪」

本当はお前と離れたくない。
だが、それだと俺はお前の重荷になる。
それだけは嫌だ――俺は重荷になりたくない。
俺のせいでお前を苦しめたくない。

「雪――くっ」

俺の目から涙がこぼれる。

「…!?」

ふと俺は誰かの胸に抱かれる。

「おにいちゃん」

「…真奈」

いつのまにか真奈がいた。
そして――俺を抱きしめている。

「バカだね……雪音さんに本当の事を言えばいいのに」

「そんなことできるか――俺は雪の重荷になりたくない」

「おにいちゃん」

真奈が強く俺を抱きしめる。

「泣いてもいいよ、今日は特別だから」

「真奈――すまない」

俺は泣いた。
真奈の胸で涙が枯れるまで泣いた。

雪への想いが涙と一緒に流れてくれることを祈って・・・




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