第6話 絆
第6話
『絆』
日曜日。
今日はいい天気なのだが、俺の心は曇っている。
今は病院を退院して家にいる。
だが――今までのような生活はできない。
俺の生活にこいつは欠かせない存在だ。
「こんな物の世話になるとはな…」
俺は恨めしそうに松葉杖を見る。
あまりこの杖を好きになれない。
できれば使いたくないと思う・・・
「まぁ、しかたないか」
雪を助けたために俺は足を失ったのだが、後悔はしていない。
俺にとってアイツはなによりも大切な存在だ。
雪を守るのは俺の努めでもある。
それを達成できたのだ――後悔はない。
ただ――
もう、雪の側にいられない。
それだけが心残りである。
「気分転換に外でも行くか」
俺は松葉杖をついて立ち上がる。
そして玄関に向かう。
「あ、おにいちゃん。どこに行くの?」
真奈に声をかけられる。
「ああ、少し外を歩いてくる」
「そう、気をつけてね」
「ああ」
俺は返事をして――家を出た。
コツコツコツコツ
松葉杖の音。
最初はこの音が嫌いだったが、今は慣れた。
「公園……か」
俺は公園の中に入り、ベンチに腰をかける。
「このベンチ――いつも座っているな」
このベンチには思い出がある。
雪を泣かしたとき
そして再び雪と出会ったとき
それらは全てこのベンチに座っていたときのことだ。
「雪――今頃どうしているだろう」
あれ以来――雪とは会ってない。
それはそうだ、俺がそう言ったのだから・・・
「俺はお前が嫌いになったわけではない…」
誰に言うわけでもなく俺は呟く。
「………」
虚しくなってきた。
もう――何を言っても手遅れだ。
所詮は言い訳でしかない。
でも――いいんだ。
それが雪にとって一番いいことなんだ・・・
「…ふぅ」
俺は一つため息を吐く。
ガリガリガリ
俺は松葉杖で地面に文字を書く。
「……ふむ」
意識して書いたわけではないが、地面には“雪”という文字が書かれていた。
重傷だな。
俺は今でも雪のことが忘れられない。
だけど、忘れなくてはならない・・・
想いを引きずるわけにはいかないのだ。
「雪に会いたいな」
ふとそんな思いに駆られる。
俺はどうすれば?
雪に対する想いは消えない。
“私もだよ――浩ちゃん”
悩んでいると雪の声が聞こえたような気がする。
前も・・・そうだったな。
俺は思い返す――傷ついた雪と出会ったときのこと。
「お前の重荷になりたくなかった…」
俺は呟く。
雪が側にいるような気がする。
そう思えてならなかった・・・
「お前と離れたくない――だけど俺はこのザマだ」
俺はひとりで語る。
なんとなく語りたい気分だった。
「俺といると雪は不幸になる――今の俺ではお前を幸せにすることはできない」
だから・・・
俺はお前を突き放した。
それは俺自身辛いことだった。
でも、雪のことを思ったからこそ・・・
それをせざるを得なかった。
「でも、雪の涙は見たくなかった」
お前を泣かしてしまった。
それは俺が一番したくなかったこと。
それを俺はしてしまった。
「どんなことを言っても言い訳にしか聞こえないだろうが――幸せになってくれ」
俺はそれを望む。
ただ――それだけを・・・
「――ごめんね」
ぎゅうっ
後ろから俺に抱きついてくる。
そう――雪はいたのだ。
俺は気づいていた。
雪のことはわかりすぎていた・・・
「浩ちゃんの頼みでも、それだけはできないよ」
その答えもわかっている。
雪は俺と離れたくないのだ――それは俺も同じ。
「浩ちゃんと一緒にいられるのなら――不幸になってもいい」
「…雪」
「私にとって、浩ちゃんと離れることが一番の不幸だから」
「お前ってヤツは…」
2人そろって情けない。
俺達はホント・・・バカだ。
雪はこんな俺と離れたくない。
そして、そんな雪が忘れられない俺。
「お前は――バカだ」
俺の目から涙がこぼれる。
雪の気持ちが嬉しかった。
こんな俺を選んでくれる雪の気持ちが・・・
「泣かないで…」
雪は前に回り込み――俺を抱きしめる。
「…雪」
「私――バカだから、浩ちゃんの側にいるよ」
「バカだ……本当に――バカだ」
止まることなく流れる涙。
雪が俺の側に戻ってきてくれた。
戻ってきてくれたんだ・・・
「バカバカ言わないでよ〜」
「バカだ……俺なんかを選んで――」
「うぅー」
だけど・・・
だけどな・・・
「俺はそんな雪が好きだ! 誰よりも愛している」
「うん、私もだよ」
桜が咲く季節。
2人はお互いの存在を確かめるように抱き合う。
2人の距離がさらに縮まる。
だが、皮肉にもそのきっかけは事故。
そして青年は足を失う。
だけどそれでも2人は離れなかった。
それは2人の間に生まれたモノの強さ。
何ものにも引き裂くことのできない・・・
“絆”
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