第1話 季節
第1話
『季節』


秋が過ぎ、冬がこようとしている。
今はまさにその季節。

秋ほど暖かくなく、冬ほど寒くない。
この中間が俺は好きだ。
どちらともいえない季節。
あやふやな状態は考えるだけ無駄だと――そう思わせてくれる。

「さて、行くか」

俺は鞄を持ち、家を出る。
家を出ると外は晴れていた。
こういうのを“清々しい朝”とでも言うのだろう。
俺にはどうでもいいことだが・・・

トコトコトコトコ

しばらく歩くと、一軒の家の前で止まる。
そして俺はその家のチャイムを押す。

『は〜〜い』

その声を聞いた俺はいつものように言う。

「おはようございます、浩一ですが…」

『はい、おはよう。ちょっとまってね』

「はい」

いつものやりとり。
俺の朝はこのやりとりから始まるといってもいい。

ガチャッ

数分後、家からひとりの少女がでてくる。

「おはよ〜〜、眠た〜〜い」

「………」

少女は目をこすりながら欠伸をする。
まったく、いつもいつも・・・
俺は心の中で呟いた。

「――雪」

「ん〜? なに〜??」

「シャキッとしろ」

「う〜〜ん、シャキッとしてるよ〜〜」

その言葉に説得力は全然なかった。
目をこすりながら言われてもな・・・

こいつは俺の幼なじみの『雪音』
俺の記憶にはいつも雪音がいる。
ずっと、ずっと前から・・・
そのせいか、雪音のことを“雪”と呼んでいる。
昔からそう呼んでいたので、今更変えるのは無理だ。

「浩ちゃん?」

「――あ?」

「どうしたの? 何か考えこと?」

「いや」

いつのまにか、考え込んでいたようだ。
最近の俺はなぜかそうなることが多い。
なぜだろう?

「それよりさ、その“浩ちゃん”は何とかならないか?」

「え? それは無理だよ、ずっとそう呼んできたから…」

「だがな…、高校3年生の男に“ちゃん付け”はないと思うぞ?」

「で、でも…」

雪が困った顔をする。
からかいすぎたか・・・

「まぁ、いいさ。俺だってそう呼ばれるのは嫌じゃないからな」

「ほ、ほんと?」

「ああ――って言っても、お前だけだ」

「私だけ?」

「まあな」

俺がそう言うと、雪は嬉しそうにする。
顔にはでてないが、俺にはわかる。
長年一緒だからか、言葉にださなくてもわかるようになっている。

「もうすぐ冬だね」

雪がそんなことを言う。

「ん? そうだな」

冬……か。
嬉しくないな。

「浩ちゃんは冬が好きなんだよね?」

「……どうしてそう思う?」

「だって、冬を舞台にしたドラマとか好きだから」

「………」

たしかに好きだ。
冬をモデルとした話は嫌いではない――むしろ好きな方だ。
だが、現実の冬は好きではない。

「私は好きだよ。冬は雪が降るから…」

「俺は嫌いだ」

「え? そうなの??」

雪が驚きの声を上げる。
それはそうだ、今まで言ったことがないのだから。

「冬は寒いからな」

「そうだね。私なんか寒くて布団から出られないくらいだよ」

「はは、そうか」

冬は寒い。
寒すぎる――嫌というくらい。
その寒さで俺の心は冷えてしまう。
それが嫌いな理由。
冬の寒さは、俺には辛すぎるから・・・

「だからじゃないけど、私の名前に“雪”がついているのはわかる気がするよ」

「そうだな。雪が好きで“雪音”――いいんじゃないか?」

「うん。私も気に入ってるんだ」

自分の名前を好きだと思える。
それはいいことだと思う。
俺は別段、そうは感じないから・・・

「――無い物ねだりか」

「ん? なにが?」

「いや、なんでもない」

俺としたことが声にでていたらしい。
なんとなく恥ずかしい。

「…いくぞ」

俺は恥ずかしさを振り払うかのように歩き出した。

「あ、うん」

雪が後をついてくる。
いつもの光景――俺と雪の1日はここから始まる。

寒い寒い冬が眼前に迫っている。
そんな11月末の朝のことであった。




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