第4話 小さな手
第4話
『小さな手』


いつもと違う朝。
そう、今日は珍しくいつもと違った。

「おにーちゃん」

ユサユサ
誰かが俺の体を揺する。

「朝だよー! 起きてよー!」

「…?」

朝?
朝ってなんだ?
俺の思考は回転を止めている。

「おにーちゃん! 雪音さんが来てるよー!!」

「……雪音?」

雪音――それは俺の幼なじみの名前だ。
その雪がどうした?

「うーん、真奈……か?」

目を開けると、目の前に真奈がいる。
なにやら怒っているようだが・・・

「そうだよっ! 雪音さんが来てるよ?」

「雪が? なぜ?」

どうして雪が俺のところに来るんだ?
いつもは俺が迎えに行くはずだが・・・

「もぉ、寝ぼけてないでっ、時計を見なさ〜い!」

「時計? どれどれ」

俺は近くに置いてある時計を見る。
――8時10分。

「なんだこれは?」

「だから、早くしないと遅刻だよ」

「今日は『フレステ2』の発売日だな」

「現実逃避しないっ!」

真奈が怒鳴る。
朝からうるさい妹だ。

「急いでよ〜、雪音さんが待ってるよ?」

「ほ、本当か?」

「さっきからそう言ってるよっ」

雪が待ってるのか?
これは急がなくては・・・

「着替えだ、着替え」

俺は真奈がいるのにも構わず、服を脱ぎ、着替えをはじめる。

「きゃっ、おにいちゃんのヘンターーイ!」

案の定、真奈が怒鳴る。

「そう思うなら、今すぐ部屋をでてくれっ」

俺は着替えながら言う。
のんびりと話している時間はない。

「わ、わかったよ! もうっ」

豪快にドアを閉めて、真奈が出ていった。
やれやれ、ドアを潰す気か?

俺は急いで用意をして家を出た。

「浩ちゃん、おはよ〜」

家を出ると、雪がこちらに向かって挨拶をする。
相変わらずマイペースなヤツだ。

「ああ、おはよう」

「今日もいい天気だね〜」

どうやら、まだ眠たいようだ。
目をショボショボさせながら話しかけてくる。

「雪、急がないと遅刻だぞ?」

「そうなんだ。急がないとね」

雪はのんびりと答える。

「………」

ダメだ、こいつは今の状況がわかってない。
こうなったら・・・

「ほら、行くぞっ」

「あう〜〜」

俺は雪の手を取って走り出した。

「浩ちゃ〜〜〜ん、はや〜〜〜〜い」

タッタッタッタ

「浩ちゃんの手、おっきいねぇ〜」

学校に向かって走っている中、雪がそんなことを言った。

「なに言ってんだよっ、急ぐぞっ」

「うーーーーーん、あふ」

雪は走りながらも欠伸をする。
器用なヤツ。

「………」

雪に言われたわけではないが、ふと俺も雪の手を意識する。
こいつの手――こんなに小さかったか?
雪の手は同じ歳とは思えないくらいのサイズだった。

いつの間に、俺と雪はこんなにも違ったのだろう?
小さい頃は大して違いは無かったのに・・・
身長も気づかないうちに、雪をはるかに追い越している。

「ん? な〜〜に??」

こいつは――こんなに小さな少女だったのか?
俺の知っている雪は、こんなにも小さな少女なのか?
抱きしめたら壊れてしまいそうな――そんなガラスのような少女。

「浩ちゃん――あきゃっ」

雪が躓き、俺に倒れ込んでくる。
それを俺は素早く受け止めた。

「だ、大丈夫か?」

「うん、浩ちゃんが受け止めてくれたから…」

「そ、そうか」

雪を意識してしまう。
さっきまで考えていたことが原因か?

「…浩ちゃん」

雪が俺を見上げる。
――ドキッ!
そんな雪を見ると、なぜか心臓が高鳴る。

「ゆ、雪?」

「……ねむい」

キーンコーンカーンコーン!

「――あ」

「…あう?」

チャイムが鳴った。
これで遅刻は確定だ。

「ふぅ、これでは急いでも意味がないな」

「……残念」

俺は雪から手を離して、ゆっくり歩く。

「急いでもしかたないし、ゆっくり行こうぜ」

「あ、――うん」

さっきまでの元気が無くなる雪。

「どうした?」

「その…、手――つないでいい?」

「…あ、ああ」

俺がいいと返事をすると、雪は手を重ねてくる。

「えへへ、嬉しい」

「そ、そうか」

とてつもなく恥ずかしい。
相手は雪だぞ? なぜだ?

「浩ちゃん、顔が赤いよ? 熱でもあるの?」

「いや、ない」

「そう? ならいいけど」

ふぅ、バレなかったようだ。
雪が完全に目を覚ましてないのがよかったな。
それにしても・・・
雪の手がこんなに小さくて暖かいとはな。

「…雪」

「あふ〜、なに?」

「い、いや――なんでもない」

「??」

俺の口から勝手に名前がこぼれたようだ。
危ない危ない、気をつけないと。

「楽しいね、浩ちゃん」

「そうか?」

「そうだよ〜」

そんなもんかね・・・
まぁ、喜んでいるようだし――いいか。

寒い季節。
2人の手を重ねている場所は暖かかった。




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