第7話 近すぎた存在
第7話
『近すぎた存在』


今日はクリスマス。
それぞれの家ではパーティーが行われている。

パァ〜〜〜ン!
真奈が豪快にクラッカーを鳴らす。

「わぁ〜〜い!」

「こら、そんなにはしゃぐな」

「いいじゃーん! 今日はクリスマスだよ?」

「真奈ちゃんったら、あはは」

雪が来て真奈も嬉しいのだろう。
しかたがない、今日ぐらいは大目に見てやるか。

「さっそくだけど――はい、プレゼント」

真奈が俺と雪に袋を渡す。

「これがおにいちゃんの分で、これが雪音さんの分」

「あう、ありがとな」

「ありがと〜」

俺は袋を受け取る。
中身は期待していない・・・
なんせ、常人離れした真奈がくれるプレゼントだ。
何が入っているのやら。

「あけてみていい?」

雪が勇気ある行動をしようとしている。

「うん、いいよ。おにいちゃんもあけてみて」

「あ、ああ」

俺は恐る恐る袋を開ける。

「こ、これは…!?」

俺は絶句した。
なんだこれは・・・でも、去年よりはずいぶんましな気がする。
なんてたって去年は“ナマコの置物”だったからな。

「木彫りの熊?」

「うん! 馬を作ろうとしたら熊になちゃったの」

なぜだ!?
なぜ馬が熊になる?
いや、それよりもプレゼントが木彫りというのが・・・

「どこかの土産か?」

「違うよ〜! ちゃんと手作りだよ」

「…本当か?」

「うん」

だとしたら凄い。
これは素人のレベルじゃないぞ――プロだ。

「わぁ〜〜」

そんなことを考えていると、雪が声を上げる。
雪の袋には何が入っているんだ?

「みてみて! イースター島の“モアイ”だよ〜!」

「モアイ?」

なぜにモアイ?

「それ? 実はハニワを作ろうとしたらモアイになっちゃったの」

「ハ、ハニワ??」

「へぇ〜〜」

雪は感心の声を上げる。
この反応は意味がわかってないな・・・
俺は即座に確信した。
そして、我が妹にいろんな意味で驚愕する。

「………」

このモアイ。
これも手作りだとしたら凄いことだ・・・
きちんと釜戸で焼いてある。
一体どこで作ったんだ?


〜 夜 〜


そんなこんなでパーティーは終了した。
俺からのプレゼントは“手袋”と当たり障りのない物だ。
真奈にはひねくれた物をやったがな・・・

そして雪からのプレゼントは“手作りのマフラー”だった。
所々ほつれているが、そんなのは関係ない。
その気持ちが嬉しかった。
その雪も真奈にはひねくれた物を今年もあげていた。
今年も真奈は大喜びだったがな・・・

トコトコトコ

「別に送ってくれなくてもいいのに…」

今は雪を家に送っている最中だ。
なんてことはない。
真奈に言われたからだ・・・

「真奈ちゃん、強引だね」

「ああ、『男だったら雪音さんを送りなさい』だもんな〜」

「あはっ、真奈ちゃんらしいね」

「まったくだ」

そんな話をしながら2人で歩く。

「マフラー……巻いてくれてるんだね」

「ああ、夜は冷えるからな。そういうお前こそ、俺があげた手袋をしているじゃないか」

「うん。だって、浩ちゃんからのプレゼントだから」

「…そうか」

雪は恥ずかしいことを躊躇いもなく言う。
雪らしいというかなんというか・・・

「――お前はいつも手を冷やしているからな」

「うん…。だから手袋をくれたの?」

「まぁ、そうだな」

「くすっ、ありがとう。ちゃんと私のことを見てくれてるんだね」

「付き合いが長いからな」

「…それだけ?」

「あ? なんか言ったか?」

「な、なんでもない」

雪がなにか言ったみたいだが、小さくて聞き取れなかった。

「ねぇ、浩ちゃん」

「なんだ?」

「今から……時間ある?」

「ああ、無くはないが…」

「じゃぁ――公園に行こう?」

こんな寒いときに公園に行くのか?
おいおい、勘弁してくれよ。

「…ダメ?」

「い、いや……構わない」

「ほんと? ありがとう」

俺もあまいな。
昔から雪の頼みは断りにくい。
まぁ、今に始まったことではないが・・・

夜の公園。
人は誰もいない――外灯が光を照らしているだけ。

「今日は……楽しかったよ」

雪が口を開く。
それは2人で近くのベンチに座ってすぐのことだった。

「それはよかった。真奈も喜んでいたしな」

「浩ちゃんは?」

「ああ、俺も楽しかったよ」

本当に楽しかった。
ただ――終わりが来ることに無性に寂しさを感じる。

「今年のクリスマスは特別なんだよ」

「特別?」

「うん。私たち…、来年は高校を卒業しちゃうんだよ?」

「そうだな」

卒業か・・・
俺の進路は決まっていない・・・雪はどうするのだろうか?

「だから――今年のクリスマスは特別なんだよ」

「…?? 言っている意味がわからない」

雪は何が言いたいんだ?

「私ね、卒業したら両親についていこうと思うの」

「え? ついていく? どこにだ?」

「場所はまだわからないんだけど、ここには簡単に来られないくらい遠いらしいの」

「………」

俺は言葉を失った。
雪がいなくなる――その事実が呑み込めない。

「でもね…」

「ん?」

「浩ちゃんが私を必要としてくるなら、ここに残ろうと思うの」

「俺が?」

俺が必要としたら残る?
いまいち雪の言いたいことが理解できない。

「浩ちゃん」

雪はベンチを立ち、俺の前に来る。

「雪?」

「浩ちゃんに言っておきたいことがあるの」

雪はいつになく真剣な目で俺を見る。

「浩ちゃ――いえ、浩一さん」

「ゆ、雪?」

雪がはじめて俺の名前を“ちゃん付け”せずに呼ぶ。

「私――あなたが好きです」

「………」

雪の告白。
それは何となくわかっていた。
雪が俺に好意があることはわかっていた。
だけど・・・俺は・・・

「………」

「雪――すまない、俺は…」

「……ぐすっ」

雪の涙。
俺は初めて雪の涙をみた。
どんなに辛くても涙を流したことのない少女。
その少女が涙を流している。
俺の心に罪悪感が生まれる。

「ぐす……浩ちゃん」

いつものように俺を呼ぶ雪に、さっきまでの姿はなかった。
それはいつもの雪だった。

「お前が嫌いなわけじゃない。俺は…」

「うん、わかってるよ……ぐす」

「すまない」

俺は心の底から謝った。
自分がとてつもなく悪いことをしたように思ったから。

「浩ちゃんは……悪くないよ、悪いのは……私」

「それはちが…!」

「ごめんっ」

タッタッタッ
雪は泣きながら走り去っていった。

「俺は――雪のことを…」

本当はどう思っているのだろう?
なんにも思っていないのだろうか?
だったら、この心の穴のようなものはなんだ?
雪がいなくなったと気づいたときの寂しさはなんだ?

「――そうか」

俺は雪のことを・・・

「………」

今更気づいても遅い。
俺は雪を傷つけてしまった。
俺が気づくのが遅いばかりに・・・

俺の心に今までにないくらいの寂しさが募る。
それは“雪”という存在が俺から離れていった事を意味していた・・・




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